近すぎて
◇
国境の長いトンネルを抜けると……
なんて、教科書に載っていた一文が、自然と脳内再生される。辺り一帯はそんな風景だった。
途中で寄ったガソリンスタンドのおじさんは、これでも今年はまだ、雪が少ないほうだという。
南国生まれ、都会育ちの俺にとっては、十分すぎるほどの積雪なんだけど?
面倒臭がらず、スタッドレスタイヤに履き替えてきてよかった、と心底思う。
東京を出る直前、九州の『桧山家具』本店にいる弟からかかってきた電話の件で、予定外のタイムロスをくってしまった。その上に慣れない雪道の運転が、目的地への到着を大幅に遅らせる。
それでもどうにか無事に到着した『家具工房 inno(イノ)』の引き戸を開けた途端、これまでのイライラが浄化されるような香りに包まれた。
「ごめんください」
道中で一度電話を入れてあるから、留守ではないはず。
返答を待つ間、不躾にも、ジロジロと作業場内を観察させてもらった。
ブナやナラ、ケヤキやキリもある。あっ!あの光沢はヤマザクラだろか。
ようやく天乾を終え、出番を待っているもの。すでに丁寧にカンナをかけられ美しい木目も顕に、職人の手により、世界でたったひとつの作品に仕上げられようとしているもの。
すべてから自然の恵みがひしひしと感じられる。
扉の外へ一歩出れば、厳しい冬が腕を広げて待ち構えているのに、様々な木の香りが満ちるここの空気は、まるで初夏の山中を散策しているかのように清々しい。
ウチの店は長いこと、主に海外のアンティーク家具を扱ってきた。
でも、せっかく日本という木の文化がある国にいるのだ。『木の香り』がする部屋造りを提供できないだろうかと考え、新店舗の開店を機に、真剣に木と向き合いオーダー家具に対応してくれる工房や職人を日本中探し、この工房に辿り着く。
アンティークが使用していた者の人生をその身に刻んでいるように、暮らしに寄り添い、人とともに成長していく家具を作ることができる、そんな職人をようやくみつけた。
何度か電話では話をさせて頂いているが、直接訪ねるのはこれが初めて。
もっと早くに伺うつもりでいたけど、待たせているお客さんの注文を優先したいとの猪野さんの言葉を最優先した結果、ようやくお互いの都合が合致したのがよりにもよって『今日』だった。
ふと、作業台の陰にかんなくずをみつけて拾い上げる。
向こう側が透けそうなほど薄いリボン状のそれにも、しっかりと木の生長の証である木目が写し出されていた。
「お待たせしてすみません」
奥にある扉が開く。
そこから『職人』というどこか取っ付きにくいイメージとはほど遠い、気さくな雰囲気の男性が姿を現した。
国境の長いトンネルを抜けると……
なんて、教科書に載っていた一文が、自然と脳内再生される。辺り一帯はそんな風景だった。
途中で寄ったガソリンスタンドのおじさんは、これでも今年はまだ、雪が少ないほうだという。
南国生まれ、都会育ちの俺にとっては、十分すぎるほどの積雪なんだけど?
面倒臭がらず、スタッドレスタイヤに履き替えてきてよかった、と心底思う。
東京を出る直前、九州の『桧山家具』本店にいる弟からかかってきた電話の件で、予定外のタイムロスをくってしまった。その上に慣れない雪道の運転が、目的地への到着を大幅に遅らせる。
それでもどうにか無事に到着した『家具工房 inno(イノ)』の引き戸を開けた途端、これまでのイライラが浄化されるような香りに包まれた。
「ごめんください」
道中で一度電話を入れてあるから、留守ではないはず。
返答を待つ間、不躾にも、ジロジロと作業場内を観察させてもらった。
ブナやナラ、ケヤキやキリもある。あっ!あの光沢はヤマザクラだろか。
ようやく天乾を終え、出番を待っているもの。すでに丁寧にカンナをかけられ美しい木目も顕に、職人の手により、世界でたったひとつの作品に仕上げられようとしているもの。
すべてから自然の恵みがひしひしと感じられる。
扉の外へ一歩出れば、厳しい冬が腕を広げて待ち構えているのに、様々な木の香りが満ちるここの空気は、まるで初夏の山中を散策しているかのように清々しい。
ウチの店は長いこと、主に海外のアンティーク家具を扱ってきた。
でも、せっかく日本という木の文化がある国にいるのだ。『木の香り』がする部屋造りを提供できないだろうかと考え、新店舗の開店を機に、真剣に木と向き合いオーダー家具に対応してくれる工房や職人を日本中探し、この工房に辿り着く。
アンティークが使用していた者の人生をその身に刻んでいるように、暮らしに寄り添い、人とともに成長していく家具を作ることができる、そんな職人をようやくみつけた。
何度か電話では話をさせて頂いているが、直接訪ねるのはこれが初めて。
もっと早くに伺うつもりでいたけど、待たせているお客さんの注文を優先したいとの猪野さんの言葉を最優先した結果、ようやくお互いの都合が合致したのがよりにもよって『今日』だった。
ふと、作業台の陰にかんなくずをみつけて拾い上げる。
向こう側が透けそうなほど薄いリボン状のそれにも、しっかりと木の生長の証である木目が写し出されていた。
「お待たせしてすみません」
奥にある扉が開く。
そこから『職人』というどこか取っ付きにくいイメージとはほど遠い、気さくな雰囲気の男性が姿を現した。