近すぎて
「では、また詳しいことは年明けにでも」
まずは、新しいショールームに展示する作品を数点用意してもらえるという約束まで漕ぎ着ける。
どんなものがいいか、という相談は度々大きく脇道に逸れ、多種多様な木材の蘊蓄や海外の家具職人の話、果てはこの町の山で採れる山菜の話題にまで及び、気がつけばすっかり日も落ちていた。
猪野さんと、途中から話に加わった奥様である有喜さんのふたりに見送られ、敷地の片隅に停めさせてもらっていた車まで戻る。
いつから降り出していたのか、湿った重い雪が厚く積もり、俺の黒いSUV車は白へと色を変えていた。
素手で半分凍っているような雪を掻き下ろし、どうにかこうにか冷え切っている車内に滑り込む。
悴む手を温めようとエンジンをかけ、話の邪魔をされたくなくて車に置きっ放しにしていた携帯を確認し、思わず舌打ちした。
「……マジか」
表示された時刻もさることながら、赤く光るバッテリー残量の数値はすでに十代だ。
出かけに弟とした長電話に車での長距離移動。それに加えて不在着信が数回。
しかも、こんな日に限ってモバイルバッテリーもシガーソケット用の充電器も持っていない。
とにかく、薫に遅れる連絡だけでもしなくては。
昨夜の時点で一応その可能性は伝えてあるが、たぶん予想より大幅に遅れそうだ。
止む気配のない雪が落ちてくる暗い空を、フロントガラス越しに見上げた。
指先に息を吹きかけ、気休め程度に温めてから携帯を操作する。
コール音の一回毎にバッテリーの目盛りがひとつ減っていくような気がして焦るが、薫はなかなか出ない。
十回ほど鳴らしてようやく、不機嫌な『もしもし』が聞こえた。
「悪い!ちょっと遅くなりそうなんだ。先にチェックインして部屋に入っててくれ。フロントで俺の名前を出せば大丈夫だから」
薫に口を挟む余地を与えず、早口でまくし立ててしまう。
「もし腹が減ったら、上の階のフレンチに予約を入れてあるから先に食ってろ」
『冗談でしょう。そんな場所で、独りディナーしろっていうの?』
「イヤだったら、ルームサービスで適当に好きなものを……」
去年のシチュエーションを上回るよう綿密にたてていた計画が端から崩れていく焦燥感は、俺の口調を荒くする。
――こんなはずじゃなかった。