近すぎて
時折見せる、薫のなにか言いたげな表情が気になっていた。

いままで経験したことがないくらい目まぐるしく、かつ充実した一年だった。
薫に大口を叩いたくせに、会う時間はなかなか作れず、連絡を取ることさえ日にちが開きがちで。

もし、これが普通の恋人との間で起きていたことだとしたら、言われていたかもしれない。

「仕事と私、どっちが大事?」

比べるのもバカらしいくらい次元が違うことを、彼女が言うはずがないとわかっている。
それでも、いまは中途半端な関係でよかったとさえ思ってしまう。

久しぶりに会っても、変わらない態度で接してくれる。心地良いこの微妙な距離感に、俺はすっかり甘えていたのだ。

だけどやっぱり、真っ直ぐ俺を映す瞳や隣に感じる体温はとてつもなく魅惑的で、あと一歩の距離を性急に縮めたくなる衝動は、気を許すとすぐに襲ってくる。

引っ越しの荷物が片付いていないから、と部屋には入れないようにすれば、当たり前に手伝うと言う。

こっちは酔った勢いで我を忘れないために酒まで我慢しているといういうのに、まだ帰りたくないなどと平気で拗ねる。

しまいには、プロポーズに等しい告白をされたなんて聞かされたら、俺が先約だという印をつけておかなければと焦らされ、激しく動転した。

自分の覚悟を試されているのではと、疑心暗鬼に囚われる。
そんなことは必要ないと、どうしたら伝えられるのだろうか。
この俺がらしくもない片思いをしていた期間に気づけば、たった一年くらいで彼女への気持ちが揺らぐはずなどないとわかりそうなのに。

だがそこで、薫も同じなのではないかと思い至る。自分がそうであるように、まだ恭一に想いを残しているのでは、と。

途端にそれまでの根拠のない自信が萎んで、不安が顔をちらつかす。

だから最後に会ったとき、彼女が家の前で見せたなにかを決意したような眼差しに、一瞬怯んで言葉を遮ってしまう。

もう少し。あと少しの間だけ、この距離を保っていたいという臆病な自分が、とても情けなかった。



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