近すぎて
「離れて忘れられたつもりでいたけど、辛いのに友達のために笑っている頑張り屋の薫がどうしようもなく愛おしくて。やっぱり、好きだ」

タオルを床に落とし、涙でぐずぐずの私の顔に片手を添えて慎司は上を向かせた。迫り来る彼の真剣な表情。

「ちょっと待って!」

慌てて間に両掌をねじ込み、全力で彼の唇を拒否する。

「襲わないんじゃなかったの?」
「別に襲っているつもりはないけど?俺の気持ちはもう伝えたし」

心外だと言わんばかりに眉を顰める慎司。

「いやだって、私の意思は?」

今度は彼の目が点になった。途端、普段の澄まし顔がシュンと萎み、溜息と共に肩を落とす。

「この状況で堕ちないとか、どんだけ干からびた生活を送ってるんだよ」
「余計なお世話!そもそも「好きです」「はい、そうですか。じゃあキスしましょう」なんてならないでしょうが!?」

しかもこんな場所でそれを受け入れたら、雰囲気に流されてそれ以上まで……。

「え、普通だろ?」
「違う!少なくともワ・タ・シは」

これ以上彼の傍にいると、楽な方に寄りかかってしまいそうで怖かった。だけど胸板を押して離れようとした両手が捕らえられ、逃げる事は許されなくて。

「だったら、どうすれば薫は俺を受け入れてくれる?」

今まで以上に真摯な眼差しに縫い止められた。彼の想いから逃げてはダメ。直感でそう感じた。

「1年、私に時間をちょうだい。その間に全部吹っ切れて、慎司をちゃんと好きになれるか自分の気持ちと向き合うから」

慎司の事は好きだけど、今のこの想いは友達として。それを恋人へのものに切り替える事なんて、簡単にはできない。流されるのは、嫌。

「1年か」

私から離した手を顎に添え伏せていた彼の視線がおもむろに上がり、唇が挑戦的に弧を描く。

「了解。1年後、またこの部屋で答えを訊く。それまでは遠慮なく攻めさせてもらうから覚悟しておけよ」

ドクン、と心臓が大きく鳴った。勝負は今始まったばかりなのに、もう一本取られた気がしてタオルを拾い動揺を隠す。

「の、望む所。早速こっちも、九州男児の心意気を試させてもらうからっ!」

すっかり酔いが覚めた私はバスルームへ向かった。
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