近すぎて
あれは家で夜通しの映画館鑑賞会をした時のことだ。

次々と脱落者が出て、リビングがマグロ市場のようになっても薫は起きていた。
プロジェクターが映す映像の前にあるソファーの上には、もう俺と彼女のふたりしか残っていない。

「寝ないんだ?」

それは単純に映画を観たいからというものではなさそうで、何杯目だか忘れたコーヒーのおかわりを注いでやりながら訊くと、今にも落ちそうな瞼で頷く。

「無理しなくても。ここが嫌なら、姉ちゃんの部屋に……」

実際、女子の大半は、同居している二歳上の姉の部屋で雑魚寝をしてたのだから。

「そんなに信用ないんだ、俺たち」

てっきり寝込みを襲われることでも警戒しているのかと思い、からかいと自嘲を込めて言う。すると、いままでくっつきそうだった眼が大きく見開かれた。

「違う。そんなんじゃない。ただ……」

「ただ?」

彼女が珍しく口ごもるところをみて、不覚にも心拍数が上がる。

「……寝顔を他人に見られたくないだけ」

「なんだ、そんなことか」

「私にとってはそんなことじゃないの」

恥ずかしそうにソファーの上で膝を抱えて、スクリーンに視線を固定した。
女子は大変だ。そう笑い飛ばそうとしたけれど、真っ直ぐにプロジェクターが映し出す白黒の画面を見つめる瞳に目を奪われてしまう。

そうこうしているうち、画面にFINの文字が映し出さた。

「……白黒なのに鮮やかって、すごい」

ため息とともにこぼされた独り言のような呟き。

「なに?」

いままでそれほど映画なんかに興味がなさそうだった彼女から、意外な言葉を聞いてドキリとした。

「ごめん。変なこと言ったね」

途端に眠気がぶり返したのか大きなあくびが出て、その口を慌てて両手で塞ぐ。

俺は自室からタオルケットを取ってくると、広げたそれで薫を頭からすっぽり覆ってしまった。
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