かりそめ
ただ、「愛してる」という言葉は、出なかった。
彼は言わない。私も言わない。

あんなに見つめ合ったのはいつ以来だろう。あんなに強く抱きしめられたのは、いつ以来だろう。
愛してる、とは言えない。
今は、いろんな事の上のかりそめのような時間だから。
愛してる、などという言葉は、全てを壊してしまう。
議論しなければならなくなる。あるいは、否定しなければいけなくなる。さもなければ、無理やり肯定しなければならなくなる。

今の私たちには、危険な言葉だった。

言いたかった。私はまだ愛してると言いたかった。
彼の目は、まだ愛してると言っていた。
私の愛してるも、伝わっただろうか。
< 5 / 6 >

この作品をシェア

pagetop