ラヴァニアの魔法
私の部屋から扉を開けると、廊下を挟んで少しいった先にお父様の書斎がある。

暗い廊下を、扉の隙間から覗くと、まだ父の書斎から灯りが漏れていた。

多分、お父様はまだ仕事で起きているのだろう。
さっきの夢のせいか、お父様の顔が無性に見たくなった。顔を見るまでは安心出来ない。

物音を立てずにこっそり部屋を出て廊下を進み、父様の書斎をそーっと空けてみた。

すると、机に座る父と視線が合い、私はとっさに小さな声を漏らしてしまった。

お父様はそんな私を見て小さく笑い、手に持っていた書類を机にそっとおろして私に優しく尋ねてきた。


「寝れないのかい?」

何て答えよう。

次の夏で12歳になる私は、寝れない理由を正直に言うのが恥ずかしかった。
だけど、嘘をつくことは上手ではない為、結局本当のことを話すことにした。


「…怖い夢を見たの」

そういうと、お父様は自身の膝をポンポンと軽く叩いて合図した。
そう言えば、小さい時も私が怖がったら、よく膝に乗せてくれてたっけ。

「こっちへおいで」

言われるまま、私は其方へ足を向けた。
お父様の身体は暖かくて、いつもラベンダーの匂いがする。

良かった。お父様は生きている。
本当の暖かさに触れてやっと、ほっとした。

「どんな夢を見たんだい」

お父様は私の頭を撫でてくれた。

私はまだ混乱している頭を少しづつ整理して、溢れる気持ちの中から言葉を慎重に選んでいく。

「戦争で……たくさんの人が死んじゃう夢」

ぽつりぽつりと呟く私の話を、真剣に聞いてくれるお父様。


「戦争が長引いて街の人たちは苦しそうだった。私は毎日、窓から眺めてたの」



そして。


______お父様が隣国の兵士に捕らえられて、処刑されたの。
喉まで出かかった言葉は、言葉にならなかった。

息が苦しくなる。感情の海に飲まれそうだった。
震え出した私の肩に、ぽんっと父は手を置いた。


「それは怖かったね」

お父様の優しい笑み。
私は父の腕の中で泣いた。



どれだけ時間が経っただろう。

気が済むまで泣いた私。そんな私を父は嫌な顔一つせず、ずっと側で慰めてくれた。



「ねえお父様、国王って大変なの?」

少しの沈黙。しばらくして父は口を開いた。

「国民の命がかかっているからね、大変だよ」

「難しそう…」

私がそう言うと、父は昔を思い出すかのように、窓の外を眺めた。

外に見える街並みは夜でも少しだけ明るい。街の中心地には、大きな時計塔と、その周辺に国中から集められた一流の学者が所属する王立研究所がある。父はその時計塔の一点を見つめて目を細めた。

「お父さんがフィアぐらいの頃はね、毎日そればっかりを勉強してたんだ。国を治める方法や、他国と仲良くする方法をね」

お兄様が今、勉強していることがそういうことなのだろうとは薄々感じていた。
将来この国を背負っていくお兄様にとって、それは当然のこと。ならば私は、少しでもお力になりたい。

「私も勉強したい!」

思ったときには既に声になっていた。
あの夢を、正夢にしない為にも。

「そうか、フィアが勉学に興味を持ってくれたか」

お父様は嬉しそうに声を上げた。

「どうしたらいいのかな」

そうと決まれば、早速行動に出たかった。
そう思って父を見ると、父も私の気持ちを察してか、これからのことをしっかりと考えてくれたようだった。

「お父さんの古い友人に国家の成り立ちを研究してる人がいてね。フィアのことを見てくれるよう、彼に話しておくよ」


これまでの日々は私にとってグレーで、ただ同じことの繰り返しだったように思う。
しかしこの日、私の人生に色が付いた気がした。
これからもっと沢山のことを知って、成長していくような予感がした。

今日はその大事な一歩だったんだ。
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