ステイトリー・ホテルで会いましょう
そんなふうにドアを開けて柊に話しかけては、またドアを閉めた。そうしないと、柊のことばかり考えて苦しくなるから。友達に戻ろうなんて言っておきながら、本当は泣きたいくらい好きだったから。

ブレスウォッチを見ると六時十分だ。柊は来ない。そもそも彼が夢をほったらかしにして、はるばるブラジルから来るとは思えない。

やっぱり彼の部屋のドアを開けるのは今日でおしまいにしよう。鍵をかけて永遠に閉じてしまおう。

涙がにじみ、それをごまかすようにグラスを持ち上げたとき、急ぎ足の靴音がして誰かがバーに入ってきた。

「待って!」

男性の声が聞こえて、グラスを持っていた手をつかまれた。カクテルがこぼれそうになったけど、驚いたのはそのせいじゃない。

だって。

「柊」

私の手をつかんでいたのは柊だった。急いで来たからか肩で息をしている。

「嘘」

信じられなくて目を見開いた。目の前には、よく日に焼けているけれど、それを除けば五年前と同じ笑顔がある。

「なんで……」

嗚咽が込み上げてきて左手で口を覆った。柊が荒い息のまま言葉を紡ぐ。

「五年っ……五年、くれたから」
「え?」
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