誓いのキス
これなら『引き受けたからには中途半端な仕事はするな』そう怒られた方が良かった。

バカだ。

言ってしまった事は取り消せないのに。

煌びやかな衣装のまま彼の背中を見つめれば情けなくて涙が出そうになる。

「もう嫌だ…」

この仕事の依頼が来た時、1度は断った。
でも引き受けた。

彼の力になりたくて。

彼に綺麗な姿を見て欲しくて。

好きだから。

入社した時からずっと好きだから。


…そうだ。

カメラマンは言っていた。


『好きな人が祭壇の前で待っている姿を想像しろ』と。


現実問題として彼は参列席にいたから想像しても虚しいだけだったけど、それなら…

それならいっそ…

「あのっ」

彼の背中を追い掛けて声をかける。

「新郎役をお願い出来ませんか」

「新郎役?」

「はい」

彼の眉間にシワが寄った。
困っている。悩んでいる。

でも切り替えが早く、仕事の為なら何でもする彼はすぐに私に視線を合わせ小さく頷いた。


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