誓いのキス
「それ」

「え?」

「その笑顔。君が入社してきた時からずっと見てきたその表情。その顔が俺は凄く好きだ」

なに…
さっきも言われたけど、場所が場所なだけに鼓動が加速してしまう。

「ベールが邪魔だな」

そう言うと彼は私のベールを上げ、優しく頬に手を添えてきた。
そして顔をゆっくり近付けて来る。
もうこの時は撮影だという事は頭になかった。
目を閉じたのがその証拠。

でも一向に触れる気配はなく。
目を開けると目の前にはバツが悪そうな彼がいた。
その表情を見て目を閉じてしまった自分が無性に恥ずかしくて俯向いてしまう。

「すまない」

「謝らないで下さい。余計に虚しくなります」

「いや…あまりに美しくて模擬だということを忘れそうになった」

嬉しい。
でももう今さらだ。
嘘っぽく聞こえる。
まさか演技が出来る人だとは思っていなかったけど、彼は仕事を成功に導くためなら何でもする人だった。
合併阻止のための縁談話があり、それを受けたのだと聞いたのは最近のこと。
それを忘れていたなんて。

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