副社長とふたり暮らし=愛育される日々
立ち尽くす私との距離が、どんどん縮まる。はっとして、隣のアパレルショップのショーウインドーの方に身体を背けた。

それでも、ふたりが私の後ろを通りすぎていく瞬間の会話を、耳はしっかりとキャッチする。


「しばらく朔とも会えなくなるのね。こうやって食事もできないなんて寂しいわ」

「しおらしいこと言って。彩音らしくないな」

「失礼ね」


笑い合う親しげな声と、遠ざかっていくふたりの背中が、頭にこびりつく。

“朔”に、“彩音”……。しばらく会えなくなるって、どういうこと?

お互いにあだ名と名前で呼び合っている事実や、私にはわからない話をしていること、ふたりで食事をしに行く仲だということが、すべてを物語っている気がした。

三嶋さんは、“長い付き合いだ”とも、“好き”とも言っていた。ふたりは親密な関係だとしか思えない。

やっぱり朔也さんには、私以外に大切な人がいた──?


ドクドクと鳴る心臓の音が煩わしい。苦しくて、人混みの中にいたくない。だけど、マンションに帰ったらもっと苦しくなる気がする。

とりあえずあまり人がいない場所に行きたくなり、よろよろと歩き出した。

頭の中では、さっきのふたりの姿と声が繰り返し流れる。考えたくないのに、考えてしまう。

朔也さんにとって、私はなんなの? あなたの本当に好きな人は、誰?

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