副社長とふたり暮らし=愛育される日々
本社に着く前に、俺はある場所に寄り道するよう指示する。


「明智も飯はまだだろ。あそこに寄ってくれ」


それだけで、俺がどこに行きたいかを把握した明智は、少し困ったような顔をする。


「え、あの店に? 副社長の食事はすでに手配済みですが」

「悪いな。今はあの味を欲してるんだ」


我を貫き通すと、眼鏡の奥は据わった目になり、ため息混じりの声が聞こえてくる。


「副社長は私といるとワガママになりますよね……」

「そんな俺が好きなくせに」


クスッと笑いながら冗談でそんな返しをしたが、彼からはなんのリアクションもない。

……おい、そこで否定しないとあらぬ誤解を生むだろうが。

と、ツッコミを入れようとしたものの、ちょうど目的地に着いてしまった。かなり久々に訪れる、惣菜屋ふくろうの前に。

ニューヨークにいる間、ずっと和食の家庭的な味が恋しかった。できればすぐ瑞香が作る飯を食いたいところだが、そうもいかないのでふくろうに寄ることにしたのだ。

ひとりで車を降り、変わらない木製のドアを開けると、左右の棚と前方のカウンターに、たくさんの惣菜や弁当がずらりと並んでいる。

懐かしい店内と商品を眺め始めた時、ちょうどカウンターの奥から出てきた、ふっくらとした体型のおばさんが、俺を見て目をまん丸にする。

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