副社長とふたり暮らし=愛育される日々
明智の分も弁当を買って車に戻ると、今度こそ本社に向かう。

車を降り、ビルの中に向かって歩いている最中、口を開いた明智からなんの脈絡もないひと言が飛び出す。


「りらさんは、今は若松さんと一緒にメイクルームにいらっしゃるはずです」


ふいを突かれて足を止める俺の手から、バッグやふくろうの弁当が入った袋を取り上げる彼。

さすがは明智だ。俺が真っ先にどこへ行きたいかをちゃんと理解していて、気を利かせてくれているらしい。


「……ありがとう。やっぱり明智は最高の秘書だ」


褒め言葉を贈ると、彼は少しだけはにかみ、「光栄です」と軽く頭を下げた。

しかし、すぐに表情を引き締めると、眼鏡をきらりと輝かせ、思い出したようにこんなことを言う。


「りらさんとお会いになるのは構いませんが、鍵はかけておかれたほうがよろしいかと。ああいう場面に出くわすと、こちらが困りますから」


“ああいう場面”と聞いて考えを巡らすと、あることが思い当たった。

そういえば、マンションを出た瑞香が突然副社長室にやってきた、あの時。涙を浮かべる彼女をたまらず抱きしめていたら、なんと明智がやってきたのだ。

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