副社長とふたり暮らし=愛育される日々
これまでのおまじないも、どれも気休めなんかじゃない。『目の前の男を好きになる』というのも、適当に言ったわけではないのだから。

俺は、まともに話したこともないあの頃から、まだ咲き切らない花のような、少し未熟な瑞香に惹かれていた。

飾り気がなく、自信なさ気で。それでいて、カメラの前だと殻を脱ぎ捨てたかのように生き生きとする彼女に。

そして、彼女も俺に落ちてほしいと、ささやかに願った。


「だから、いつものお前のままやってこい」


気合いを入れるようにひと声かけてやると、目の前の表情が明るさを増していく。

「はい」としっかり返事をした彼女は、鼻をすすってふわりと微笑み、噛みしめるように温かい声を紡ぐ。


「……おかえりなさい」

「ただいま」


普通の挨拶に幸せを感じながら、どちらからともなくお互いの身体に腕を回し、抱きしめ合った。

「会いたかった」と切なげに囁く唇を、何度も塞ぎながら。


彼女の首筋からは、懐かしく甘い香りがする。

“zuikou”と名づけられた、りらプロデュースのこの香水は、これから大きな反響を呼ぶことだろう。

これで一年中沈丁花の香りを楽しめるが、今腕の中に収まっている花ほど、俺の心を満たすものはない。

何よりも大切なこの存在を、これからもたっぷりと愛でて、育てていこう。

いつまでも俺のそばで、美しく咲き誇るように。



 ・*:.。o○End☆*゚


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