副社長とふたり暮らし=愛育される日々
そんなに前から、副社長の頭の中に私の存在があったなんて、にわかには信じられず目が点になる。

彼は約一年前のことを思い返すように、目線を斜め上にさ迷わせる。


「皆それなりに気合い入れてオーディションに来るのに、お前だけやる気あるんだかないんだかわからない質素な格好で来るし、特技は?って聞いたら『キャベツの千切りです』って全然関係ないこと答えるし。なんだこいつは、って」

「あうぅ」


私も恥ずかしい記憶を思い出し、頭を抱えた。

そうだった……あの時は急に七恵からお声がかかって、オーディションでは何をするのかよくわからないまま行ったから、あんなことに……。

周りは綺麗な人ばかりだったから、これはもう私は落ちたなと諦めていて、逆に捨て身で伸び伸びと受け答えできたような気はしたけれど。


「でももうひとつ、自己アピールで『花に詳しい』って言ってただろ。試しに会場の中に飾ってあった花の名前を聞いたら、すぐに答えたんだよな」


それを聞いてゆっくり顔を上げると、伏し目がちな副社長は柔らかく微笑んでいた。

私は昔から花が好きで、それについての知識はあるほうだと思う。おばあちゃんが好きだったから、その影響で。

春になれば、わが家の庭も色とりどりの花で彩られるのだ。

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