副社長とふたり暮らし=愛育される日々
朝から続いた一日がかりの撮影が無事終了すると、私はスタッフの皆さんに挨拶しながらメイクルームに向かう。

六畳ほどの広さの個室で、ドアには鍵もついている、私にかけられた魔法を解かすのに最適な場所だ。大きな鏡の前にメイク台があり、そこには二人が並んで座れるようになっている。

お人形さんのような長いウィッグを取り、ばっちりメイクを落とせば、モデルの“りら”から、素の“春原 瑞香(すのはら みずか)”に戻る。

私と一緒にこのメイクルームに入れるのは、たったひとりだけ。


「お疲れ、瑞香」


長い黒髪を後ろでひとつに束ねた女性が、紅い唇の両端を上げて、椅子に座る私に笑いかけてくれる。

彼女は高校時代からの友達の、若松 七恵(わかまつ ななえ)。メイクアップアーティストであり、私をこの世界に引き込んだ張本人だ。

私より一足先に二十五歳になった七恵は、学生時代から大人びていたけれど、今ではさらに綺麗さを増し、お姉様と呼ぶに相応しい。


「……私より七恵のほうが断然色気があるよね」


メイク道具を漁る七恵をぼんやり見ながら言うと、彼女は私を一瞥して軽く笑う。


「どこがー」

「美人だし胸だって大きいし、なにより醸し出すフェロモンみたいなのが、なんかエロいっていうか」

「それ褒めてるの?」


若干口元を歪ませる七恵は、メイク落とし用のコットンを取り出し、私の後ろに立つ。

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