副社長とふたり暮らし=愛育される日々
私の素顔を知っているのはこの七恵と、面接官をしていた役職者数名だけ。

スタジオに出入りする時は帽子を被り、マスクと眼鏡で顔を隠し、気配を消してササッと移動している。自動ドアが反応してくれない時が多々ある私だ、もはや特殊能力並に存在感を消せる。

そこまでするならモデルなんてしなければいいのに、と言われそうだけど……やめられないんだよね、不思議なことに。

モデルをしている時だけ、違う自分になれる──その快感を、知ってしまったからなのだと思う。


「私は今のままが一番いいの。“りら”は名前しか知られていない謎のモデル。その設定、ミステリアスで結構気に入ってるし」


七恵を見上げてニッと口角を上げてみせると、彼女もふっと笑みをこぼす。


「そっか。まぁ秘密があると、より皆の食いつきはいいだろうしね。りらはバーチャルな存在なんじゃないか、って噂もあるみたいよ」

「なにそれ、かっこいい」


おかしそうに笑う七恵が、メイク落としのコットンを私の顔に近づけた時、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

ぴたりと手を止めた七恵と、鏡越しに目を合わせる。


「ごめん、りらちゃん。ちょっといい?」


男性スタッフさんの声だ。危ない、メイク落とさなくてよかった!

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