副社長とふたり暮らし=愛育される日々
「……強めのやつ、かけといた」


吐息がかかるくらいの至近距離で、彼はいたずらっぽく口角を上げてそう言った。我に返った私はもう、瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で熱くなる。

……ちょっと待ってちょっと待って。今あなた、抱きしめてキス、しましたよね?

これのどこがおまじないだっていうのよ!!

文句を言いたいけれど、目を開き、口をパクパクさせるだけで言葉にならない。そんな私にクスッと笑った彼は、頭を撫でながらキュッと水を止める。


「明日も早いんだろ。寝坊しないようにな」


まるで何もなかったかのような普通のひと言を投げかけ、副社長は自分の部屋に入っていってしまった。

私は呆然とそれを見届けて、泡がついたままの手も気にせず、その場にずるずるとしゃがみ込む。

ありえない。信じられない。今のはきっと、生々しい夢だ。そう思っていないと……いないと……


「死ぬ……!」


ぽつりと呟き、抱えた膝に顔を埋めて小さくなった。

なんでキスなんてしたの? また私をからかっているだけ? だとしてもやりすぎ!

今頃になって唇が熱いし、甘い。人の唇が、あんなに柔らかくて魅惑的なものだったなんて、初めて知った。


ファーストキスを奪われたことの衝撃で、その晩なかなか寝つけず、副社長を恨んだことは言うまでもない。

どんな効果を狙って彼があんな行動を仕掛けたのか、私にはさっぱりわからなかった。




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