サンタクロース
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12月24日 クリスマス・イブ
街はカップルや家族、友達同士で賑わっている。
その一方、街の外れの公園に一人の女性がベンチに座り、寒さを凌いでいた。
世界に自分一人しかいないのかと錯覚させるほど静かだった。
彼女は公園の時計に目をやる。
『11時かぁ』
と一言を漏らし
“来るはずないのに
来るはずないのに”
と悲しそうな顔で彼女はそれを頭の中で呪文のように繰り返していた。
今にでも溢れ出しそうな涙を必死に堪えながら・・。
『あのぉ・・』
という掛け声に彼女は咄嗟に横を振り向いた。
そこには一人の男性が立っていた。
20代前半ぐらいのだろうか?
虫でさえも殺さなさいような優しそうな印象だった。
『横、よろしいですか?』
という男性の問いに『あっ、はい・・・』と気力のなさそうな声で彼女は答えた。
男性が横に腰をかけると同時に彼女は視線を足元に落とし、一つため息をついた。
“私は何を期待していたんだろう。
彼が本当に現れたと思ったから?”
彼女はさらにため息をついた。
『何かあったんですか?』
その問いに彼女は男性のほうに顔を向いた。
『いや、悲しそうな顔をしてたもんで、何かあったのかなと思いまして・・はははっ・・』
男性は苦笑いをしながら答えたが、彼女はそれに対して悲しそうな微笑だけをみせ、顔を元の位置に戻した。
沈黙が続く中、しばらくしてと彼女はようやく口を開いた。
『私には4年ぐらい付き合っていた彼氏がいたんです。』
男性は黙ったまま彼女のほうを見た。
『彼氏はバンドマンで忙しく、よく地方を周りライブ活動をしててめったに会うこともなくて・・』
彼女は遠い昔のことを思い出すかのように夜空を見上げ話を続けた。
『それでも一日だけ、例え彼がどんなに忙しかろうとクリスマスの日だけ彼は必ず私に会いにきてくれました。
本当の意味で二人の人生がスタートしたこの公園で毎年待ち合わせして』
彼女は顔を下げ
『でも、去年どんなに待っても彼は現れませんでした。
どうしたんだろうって心配で心配で悪い事が起きませんようにって神様にお願いをしました。
でも、願いは届きませんでした。北海道から帰ってくる途中、台風による飛行機の落下事故が起きたそうです。彼の名前がテレビに映された時、信じられませんでした。今でも心のどこかで彼がまだどこかで生きているんじゃないかって信じている自分がいるんです。ここで待ってたらひょっこり、去年約束破ってしまってごめんって私の前に顔を出すんじゃないかって。馬鹿ですよね、私・・・』
彼女は下唇を噛みながら、涙を流すまいと彼女は強く拳を握り締め必死に堪えていた。
『あっ、やだ。すみません、会ったばかりの人にこんな変な話しちゃって・・』
彼女はあわてて作り笑いをした。
『いえ、そんな』
男性は顔色を変えず優しい微笑で返した。
そして、しばらく沈黙が続いた。
しばらくして、男性は
『サンタクロースって、知ってますか?』
と口を開き、彼女に聞いた。
『えっ?』
と男性の急な問いに彼女は少し混乱したが、すぐに自分を落ち着かせ
『あっ、はい。クリスマスの日に子供にプレゼントを配り回るサンタ・・さんのことですよね。』
と答えた。
『はい』
男性は言葉を続けた。
『実は昔、ある国の教会の司教が早くして親を亡くしてしまった三人の貧しい娘さん達が生活のために身売りをしないといけないという状況になったとき、話を聞きこの子達のために家の屋根の煙突に金貨の入った袋を投げ入れ、彼女達を助けたという話から来ているんです。』
彼は話をさらに続けた。
『でも、サンタクロースには実はもう一つの説があるんです。』
『もう一つの説・・ですか?』
『死者の使い・・』
彼女はその言葉に反応し、男性の顔を見た。
『実はその翌朝、彼女達は金貨の袋の中に自分達宛の死んだはずの両親からの手紙があったそうなんです。
そこには、彼女達を置いて先に死んでしまった事に対しての謝罪、そして一人一人に対してのメッセージが書いてあったそうです。』
彼女は黙ったまま、彼の話を聞き続けた。
『サンタクロースとは死後、この世の誰かに未練を残し死んだ人のための配達屋だったんじゃないかという話
です。』
『死んだ人のための配達屋ですか・・・』
悲しそうな声で答えた彼女はまた下を向き、何かを考え込んだ。
その様子を見た男性は自分の腕時計に目をやり
『おっと、気がついたらもうこんな時間だ。僕はもうそろそろいかないと。』
男性は立ち上がり、彼女のほうを向いた
『すみません、長々とつまらない話をしてしまって。』
『いえ・・・』
『今のは仮説の話なんですが、もし本当の話であるならあなたのところへも来てくれるといいですね。サンタクロース。』
と彼はいい、公園をあとにした。
男性が去り、公園はまた静かさを戻した。
『サンタクロースかぁ・・』
彼女はさりげなく、さっき男性が座ってた場所のほうに目線を移した。
『紙袋・・?』
さきほど、男性が座ってた場所に紙袋が置いてあったのだ。
さっきの人の忘れ物かな?
彼女は立ち上がり、公園の出入り口のほうへ向ったのだが当然ながら男性の姿は見られなかった。
ベンチに戻った彼女は腰をかけ、先ほど男性が話した話を振り返ってみた。
彼がまだ生きていることを信じていたい。実はまだどこかで生きていることを。
でも、さっきの男性から話を聞いたとき、心のどこかで彼のいうサンタクロースに対して、何かを期待してた自分がいた。
やっぱり、私も心のどこかで彼の死を認めてしまったのかもしれない。
そう思うと悲しさがましてくる。
“もう帰ろう。”
そう思って立ち上がろうといたそのとき
膝の上に置いてあった紙袋が床に滑り落ちそうになった。
びっくりした彼女はその紙袋を瞬時に捕まえたが、黒い紐状のような物だけが紙袋の口から垂れ落ちた。
『・・イヤホン?』
彼女はそう思い、そっと紙袋を開けてみた。
そこにはMDウォークマンが入っていた。
『これ・・まさか修二の・・・』
そのウォークマンには見覚えがあった。
なぜなら、5年前のクリスマスの日に彼女が彼氏のために買ったものと同じだったからだ。
彼女はウォークマンを裏返してみた。
そこには『SHUJI』と印刷されたシールが張ってあった。
彼女はすぐさま、イヤホンを耳につけMDを再生ボタンを押した。
液晶画面に〔全一曲中の一曲目を再生します〕という文字が写ると音楽が流れた。
“ 人生というものは なんて短いなのだろうか
そんな人生の中 僕は君と出会う事ができた
時間は短かったというもの
共に笑い 共に泣き
そして共に道を歩んできた
それだけで僕はどれほど
幸せなやつだったんだろう..
泣かないで 僕はここにいるから
どんなに距離が遠くても心は一緒さ
さあ、涙を拭いて 前を見て
君には幸せに生きる権利がある
もうウジウジしないで 君は君らしく
生きていくことが僕の望み
最後に言えなかった言葉を一言
『ありがとう』 そして『さようなら』 ”
目をつぶると一筋の涙が流れた。
“わかったよ、私、強く生きるから。
だから、もう心配しないで・・。”
彼女は目を開け、顔を夜空に向けた。
『メリークリスマス、修二。』
暗闇の空間の中、先ほど公園にいた男性が修二の後ろに立っていた。
『君の届け物をしてきたよ。』
修二は振り返り
『ごめんな、何から何までしてもらって・・』
という修二の答えに対して
『いや、別に。これが僕の仕事だから』
と変わらずの微笑みで言葉を返し
『じゃあ、僕はもう次の仕事に行くから』
『そうだな。俺もそろそろみたいだ。』
修二は透けて消えかかってる体を男性のほうに向き
『ありがとうな、サンタクロース』
と言葉を残し、闇の中へと消えて行った。
~おわり~