失恋相手が恋人です
「……葵くんが好きだったの、ずっと。
だけど、葵くんと知り合えることも、葵くんに気持ちを伝えることも私にはできないんだろうなって諦めてたの。
ずっと……何て話しかけていいのかもわからなくて。
……葵くん、見知らぬ女の子に話しかけられるの嫌なんだろうなって感じてたから……。
葵くんが歩美先輩をいつも見ていたことも知っていたから……」

ドクン、ドクンと心臓が急ぎ足で駆け出す。

伝える、と覚悟を決めたけど、やっぱり緊張する。

……葵くんの反応が恐くなる。

「東堂先輩と歩美先輩が付き合いだしたって噂を聞いて……。
葵くんの失恋を知ったの……あの時……葵くんが歩美先輩を好きだってことを知っているのは私だけだって思ってた。
辛そうな葵くんの力になりたくて。
……少しでも傍にいたくて。
失恋恋人をしましょうって言ったのは本当に思いつきだったの。
あの日、葵くんの涙を見て……思わず……」

「……涙、って。
あー、あれか……マジで……見られてたのか……」

葵くんは口許を右手で覆って、私から目を逸らした。

頬と耳がハッキリ分かるくらいに真っ赤になっている。

「……いや、あれは寂しいというか切ないというか、特に意味はなくて……。
何か急に泣けてきちゃって……。
東堂先輩と歩美先輩が上手くいってよかったなと思う気持ちもあったんだけど……」

葵くんはまだ気不味そうにしていた。

自分の過去に好きだった人にそんな風に素直に気持ちを表せること、けれどそのことを恥ずかしがっている様子の葵くんは本当にあたたかい人だなと思った。

私はそんな葵くんを好きだと改めて思った。

あんなに歩美先輩のことで嫌な嫉妬をしていたのに今ではそれがすっかり無くなっていた。

「ヤバイ、恥ずかしいわ……俺」

まだ狼狽えている葵くんに。

「……うん、わかるよ。
葵くん」

穏やかな笑みを向けた。


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