失恋相手が恋人です
「……自分の気持ちがハッキリしてからは必死で仕事した。
親父に認めてもらうためにも。
親父が出した条件をクリアするためにも。
……それまでは、もっと早く帰国するつもりでいたけど、帰国しても沙穂には会えないって思ってたから、帰るつもりもなかったんだ」

「……そうだったんだ……」

「でも自分の気持ちがわかってからは早く帰国したかった。
沙穂にもう一度会って話をしたかったし、手放したくなかったから……。
……沙穂に恋人ができていたらって……気が気じゃなかった」

葵くんの優しい手が伸びて、私をそっと抱き締める。

葵くんの規則正しい鼓動を感じて。

「……ありがとう」

精一杯の気持ちを込める。

「私も……葵くんはもう私と話したくないかもしれないし、好きな人がいるかもしれない、今更かもしれないって思ったけど……。
やっぱり葵くんが好きで、やっぱりきちんともう一度話をしたかったの。
だから、歩美先輩に葵くんの連絡をとりたいってお願いしていたの……」

「……俺達同じことをしていたんだ」

「……そうだね。
……私が連絡できないようにしていたのに、捜すなんて皮肉だな、自業自得だなって思っていたの。
葵くんの連絡先がなかなかわからなくて、もうずっと会えなかったらって……」

少し前の不安な自分を思い出す。

「でも会えた」

私の不安を見透かすように、葵くんは私の頭のてっぺんにキスを落とす。

「……もう大丈夫」

私を抱きしめる腕にギュッと力をこめて。

「葵くん……」

「……多分、俺の連絡先がわからなくなっていたのは帰国前だったからじゃないかな……。
東堂先輩には今朝連絡したから」

その声が聞こえたかのように、私のスマホが鳴る。

「……ホラ」

苦笑する葵くん。

まさか、と思いながら立ち上がって、鞄からスマホを取り出すと、液晶画面には萌恵の表示。

頷く葵くんを見て、私は電話にでた。

「……萌恵?」

「沙穂!
わかった、わかったよ、葵くんの連絡先!」

興奮気味の萌恵の大きな声。

その声に何故か涙が込み上げてきた。

「……うん、知ってる……萌恵。
ありがとう……。
さっき……偶然葵くんに会ったの……。
ちゃんと……伝えたよ、今……一緒にいるの」

半分泣きながら私が伝えると。

「……本当に?
よかった……」

一瞬、息を呑んで、心の底から安堵したような萌恵の声に。

私の涙は本格的になってしまって。

見かねた葵くんが私の横に立って私の肩を抱いた。

そして私からスマホを受け取った。




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