失恋相手が恋人です
彼氏
話が一段落して。

当たり前のように連絡先の交換をして。

彼は屈託なく私に話しかけてきた。

「沙穂って吏人と友達なんだよな?」

「は、ハイ。
と、友達っていうか、わ、私の親友が吏人くんの彼女なので……」

こんな風に桧山くんと話せることが信じられない私は、しどろもどろ。

「じゃあ、同い年?」

コクンと頷く。

それすら知られていなかったのね……当たり前といえば当たり前だけど……。

それなのに何で私の無茶苦茶な告白というか提案を受け入れてくれたのか……。

「じゃあさ、敬語はやめて。
あと、俺のことも下の名前で呼んで」

窓のすぐ近くの席に座った彼は、直立不動状態の私を見上げながら言う。

「し、下の名前……、む、無理ですっ」

「敬語は禁止」

「む、無理っ」

「何で?」

「何でって言われても、そんないきなり」

「でもいきなりな提案してきたのは沙穂だし。
一応、今は付き合ってるわけだし。
畏まっていたら変だろ。
はい、呼んで」

腕組みをして、有無を言わさない口調の桧山くん。

「……あ、あお、あおっ」

「色の名前じゃないし」

前髪を掻きあげて破顔する桧山くん。

私が今まで抱いていた桧山くんのイメージと違いすぎていて戸惑ってしまう。

何度もあお、までしか言えない私だったけれど。

何とか。

「……葵くん……」

と、顔を真っ赤にして小さな声で言えるようになり。

「本当は呼びすてがベストだけど、沙穂、それは無理そうだし。
まぁ、おいおいにするわ」

沙穂、とさっきから当たり前のように彼から言われる度にドキドキと心臓がうるさく音をたてる。

こんな状態で私の心臓はもつのかな……。

自分の名前がこんなに特別に思えたことも初めてで。

「あ、もう昼休み終わるな。
沙穂は、これから講義?」

立ち上がりながら葵くんが聞く。

「……う、うん。
これから一限だけ……」

「そっか、俺も今から一限。
沙穂、じゃ、一緒に帰ろう。
講義終わったら食堂で待ってて」

とびきりの甘い笑顔。

「えっ?」

また間抜けな声を出す私。

「じゃ、後で」

彼は狼狽えてる私にお構いなしでさっさと教室を出ていった。

残された私はこの昼休みのことがウソではないかと頬をつねるしかできなかった。

< 38 / 117 >

この作品をシェア

pagetop