失恋相手が恋人です
三人で時間を考えず、黙々と作業をして。

途中、桐生くんが飲み物を買ってきてくれた。

その後、吏人くんが萌恵を迎えに来て。

桐生くんと私はもう少しだけ続けることにした。

「……丹羽さんって、どういう業界目指してるの?」

不意に桐生くんが私に聞いた。

「うーん、まだ全然決めていなくて迷ってるの。
そもそもきちんと業界研究もできていなくて」

「そっか、そうだよなぁ。
俺もまだ迷ってるよ。
金融業界やサービス、建設……」

「だよね、迷うよね。
でも来年は四回生でいよいよ本番で。
なのに、何か実感湧かないの。
甘い考えかもしれないけど」

「いや、皆そうじゃない?
なかなか、ここに絶対行きたいんだって奴は俺もそんなにに知らないよ。
あ、でも。
丹羽さんは勿論知ってると思うけど、桧山は結構、方向性っていうか業界を決めてるって言ってたよ」

桐生くんの言葉に。

ドクンと胸が鳴る。

「そ、なんだ……」

何て言えばいいかわからない私。

当たり障りのないことしか、いつも返事できない立場だから。

そんな踏み込んだ話はわからない。

こんな時、自分の立場の脆さを実感する。

本当の彼女だったら。

目指す業界も知っていて、嘘も偽りもなく話せるのだろう。

ふとした瞬間に思い出される現実。

見ないように気付かないようにいつも上手に呑み込んでいる。

考え込んでしまった私を訝しんだのか、桐生くんが声をかけた。

「丹羽さん?
どうかした?」

「あっ……」

「ひょっとして桧山のこと?
大丈夫だよ、本人から聞いたし、丹羽さんから聞いたとか言わないし」

桐生くんは私が桧山くんに就職活動のことを口止めされていると思ったらしい。

違うけれど、私には有り難い勘違いだ。

「桧山も大変だよな。
実家が実家だし。
色々考えるんだろうね」

黙ったままの私に構わず、桐生くんが続けた。

「実家、って……」

思わず口にする私。

「え?
丹羽さん、知らないの?」

驚く桐生くん。

「あ、うん。
私、最近時間がすれ違っていて葵くんに、会っていなくて……。
ご実家のこととかも聞いたことがなくて……」

シドロモドロになりながら、不自然にならない範囲で言い訳する。

「そっかぁ、お互い忙しい時期だもんな。
実家のことは、ごめん、知っていると思ってたからさ。
まぁ、アイツそんなに自分のことペラペラ話す奴じゃないしなぁ……」

気不味そうに、口ごもる桐生くん。

「あ、いいの、あの、そういうことは葵くんに直接聞くべきだし……私が話を聞いていないってことは何か意味があるのかもしれないから」

「いや、彼女の丹羽さんなら知ってると思ってて……。
うーん、わざと言ってないのか……どうなんだろ。
でも、あまり詳しくは俺から言えないけど、学内の奴等が知ってる範囲だけで言わせてもらうとさ。
アイツの実家、結構業界でも有名な会社を経営してるんだよ。
ちなみにアイツは次男で兄貴が一人いるよ」

思ってもみない事実だった。

「同じ学部の奴とかは結構知ってる話なんだ。
ただ、桧山はそのことを普段から口にはしないし。
女子も知っている子はいるけど、アイツの外見とかいわゆる玉の輿狙い?みたいな感じで言い寄ってくる子が多かったし。
そのことを一番鬱陶しく感じているのは桧山だったしさ。
だから桧山が丹羽さんと付き合いだしたって聞いた時はよかったなあって思ったんだよ。
桧山、それまでは学内にいても退屈そうに、何か面倒臭そうにしていたのに、丹羽さんと付き合いだしてからは楽しそうだったし」

最後の桐生くんの言葉は信じられなかったけれど、葵くんのことを少しでも知れたことが嬉しかった。

本来はこんな風に聞き出しちゃいけないのだろうけれど。

彼女、なら知っていて当たり前なのだろうけれど。

「何か、ごめん」

なぜか桐生くんに謝られてしまった。

慌てて私は手を振りながら否定する。

「全然、私のほうこそ、何かごめんね。
無理矢理聞き出しちゃって……」

「いや。
じゃ、この話は俺から聞いたってのは内緒にしてて」

ニカッと歯を見せて笑う桐生くん。

桐生くんは本当に優しくて、相手の気持ちをすごく考えてくれる人だなと改めて思った。

今も。

私が居心地悪くないようにしてくれていて。

「桐生くんは葵くんと仲がいいんだね」

「俺と桧山は幼なじみなんだよ」

「えっ?じゃ、吏人くんも?」

「吏人?
あ、そうそう。
吏人とは中学校入ってから知り合ったんだよ。
桧山は小学校から知ってたけど、って何か仲良し自慢みたいだな」

ばつが悪そうに言う桐生くん。

私はそんな桐生くんの様子がおかしくて笑ってしまった。

桐生くんも一緒に笑った。

「……その方がいいよ」

不意に言う桐生くん。

「……え?」

「いや、最近、丹羽さん、グループワークの時、ずっと難しいような悲しそうな顔をしてたから、さ。
余計なお世話なんだろうけれど……」

全く嫌らしさを感じさせない桐生くんの優しい言い方に胸が痛かった。

そして、何故か今度は上手く返事ができなかった。






< 47 / 117 >

この作品をシェア

pagetop