失恋相手が恋人です
現実ときちんと信じたくて、葵くんの手を力を込めて握る。

葵くんは一瞬私を見て、嬉しそうに目を細めて、同じように私の手を握り返してくれた。

スーパーマーケットは夕方だけあって、こみ合っていた。

ここのスーパーマーケットは野菜売場が広くて通路もとても広々としていて通りやすい。

野菜も果物も新鮮なところが私のお気に入りだ。

葵くんは私からカゴを取り上げて、私の肩越しにメモをみる。

「これ、買い物リスト?」

「うん、あっ、葵くん。
……晩御飯一緒に食べていく?」

「うん、そのつもり」

私がなけなしの勇気を振り絞って、できるだけさりげなく誘った言葉はアッサリ承諾された。

私だけが意識してばかりなことが悔しいくらいに。

「あ、俺、カレーライスがいい」

私の買い物リストは全く無視で、葵くんがカレールーをカゴにいれる。

「えっ、ちょっと、葵くんっ」

「お願い」

綺麗な顔だちで、そんな甘い優しい目を私に向けられたら、反論はできない。

「……私のカレーは辛いからねっ」

恥ずかしさを誤魔化すように私はジャガイモをカゴに入れる。

私の頭上から聞こえる葵くんのクスクス笑い。

「やっぱり沙穂は優しいね」

ゆったりした口調で言う葵くん。

いつも利用しているスーパーマーケットなのに葵くんがいるだけで、全然違うスーパーマーケットのように感じる。

いつもは素通りしてしまう棚も、私より視点が高い葵くんが目に止めると私も見たり。

葵くんが好きなカップラーメンや便利な冷凍食品を教えてもらったり。

こんなにたくさんの話をしながらする買い物は、一人暮らしを始めてからは初めてで。

こんなに楽しいものなんだと知った。

真剣にチキンカレーがいいかビーフカレーがいいかを精肉コーナーで悩む少し少年のような姿も。

何だか可愛らしくて、そして胸が痛くなるくらいに愛しくて。

あなたが好き、と思わず零れそうになる。

私の視線に気付いて、やっぱりビーフにすると渡された牛肉を私は泣き笑いみたいな笑顔で受けとる。

支払いも、私がすると言ったのに、俺のリクエストでしょ?と言い張られて。

すっかり日が暮れた中、帰路につく私達。

荷物も持ってもらえて私はとても助かるけれど。

非日常すぎて戸惑うことばかり。



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