失恋相手が恋人です
「……良かった」

私の首筋にかかる葵くんの吐息が温かくて。

好き、が膨れ上がって涙が溢れてきた。

顔をあげた葵くんは私の涙に目を見開いて。

慈しむような温かい眼差しを私に注いで、そっと長い指で涙を優しくぬぐってくれた。

「……どうしたの?」

困ったような表情の葵くんに私はしがみついた。

「……何でもないの……嬉しいだけ」

「俺も嬉しいよ。
沙穂に嫌われてはいないと思っていたけど、恋人としてみてもらえるかはわからなかったから」

目が逸らせないくらいに強い視線を再び真っ直ぐ私に向けて葵くんは言う。

「……だから今、沙穂の気持ちを聞けて本当に嬉しい」

私の髪を一筋、手ですくその色っぽい仕草に、目が離せなくなる。

髪から葵くんの高い体温が伝わってきそうだ。

葵くんの優しい指が、そっと私の顎を上向けた。

葵くんの長い睫毛がゆっくり伏せられる。

羽根のように軽く私の唇に葵くんの唇が触れて。

一旦離れた時に。

まだ潤んだ瞳の私を見つめる。

すぐに私の下唇を優しくなぞるようなキスをして。

私の気持ちを確かめるかのように、何度も角度を変えて私の唇を塞いだ。

その温かな口づけに葵くんへの想いが再び涙とともにこみ上げる。

長い優しい口づけの後。

もう一度葵くんは私をギュッと抱きしめてから身体を離した。

「……帰ろう、沙穂」

右手を差し出す葵くん。

私は恥ずかしくて目が合わせられず、俯きながらおずおずその手を握る。

クスクス笑う葵くん。

結局。

マンションに辿り着くまで私の頬の火照りはおさまらなかった。



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