失恋相手が恋人です
そんな風に思わせてしまっていること、誤解させたままにしていることが後ろめたくて。

申し訳なさがいっぱいで。

あの時、無理矢理でも聞いてもらうことは出来た筈なのに。

結局私が逃げてしまった。

絡み合ってしまっていた糸をほどくことで失うかもしれない幸せを思って、葵くんが出してくれた甘い条件に乗っかってしまった。

「……バチがあたったのかな……」

消え入りそうな声で私は俯く。

「バチ?」

私の只ならない雰囲気を察したのか萌恵はカフェ・オ・レを置く。

「葵くん、お父様に言われたんだって。
どうしても他社に入りたいなら条件があるって」

「条件?」

「今年の春からアメリカに留学して、系列会社に修行のために入るよう言われたって」

それは昨夜遅くにかかってきた葵くんからの電話。

疲れたような葵くんの声に私は胸が痛くなった。

アメリカに留学して、系列会社に入社するならば、将来的に転職というかたちで他社に入社することを認めると言われたこと。

悔しいけれど、今の自分は未熟で無知で経験不足も否めないから父親には敵わないと思っていると。

今、父親を敵にまわしたところで勝てないと。

父親に認められるように頑張ってそれから転職して、自分の力を試したいのだと。

葵くんの考えは理路整然としていて、もっともだと思った。

私自身も就職活動を始めて、社会に対する自分の無知を思い知った。

そして自分がいかにこの社会に守られ、狭い世界で生きていたのかを。

私には葵くんの決断を反対する理由がなかった。

あったのは恐れ。

彼と離れてしまうという恐怖と寂しさ。

だけどそれはすべて私の身勝手だ。

自分のやりたいこと、将来のために、納得できない道も乗り越えようとしている葵くんの邪魔はできない。

……わかっているのに。

離れたくなくて、傍にいたくて。

声が聞きたくて、顔が見たくて。

私の気持ちは振り子のように揺れ続けている。





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