失恋相手が恋人です
別離
散々泣いてしまって居心地が悪くなってしまった私達はコーヒーショップを出た。
「沙穂、お手洗い行く?
目元がマスカラで真っ黒よ……」
私のメイク状態を心配した萌恵が少しおどけて言う。
「えっ、本当に?
恥ずかしいから直してくる……」
私は鞄からポーチを取り出して力なくお手洗いに向かった。
ビルのエントランスロビーで待ってるからゆっくりね、と萌恵は先にエスカレーターで階下に降りていった。
私はふうっと深呼吸をしてお手洗いに向かった。
鏡を見てビックリ、な状態になっていた私の目元を何とか誤魔化して萌恵が待つエントランス方向に足を向ける。
高い吹抜けがあるエントランスロビーは待ち合わせをしている人、休憩をしている人で混雑していた。
ガラス張りになっているエントランスからひっきりなしに人が出入りしている。
外の冷たい空気も出入りしていて暖かすぎる室内との温度差に驚く。
その混雑のせいか、萌恵の姿がなかなか見当たらない。
思ったよりもメイク直しに時間がかかってしまったので、
場所を移動したのかと思い、スマホを鞄から取り出そうとした途端。
「あの人すごくカッコいい……」
「足長い!
モデルかな?」
「誰かと待ち合わせ?
ね、声かけてみない?」
ザワザワと周囲から女の子の声が聞こえてきた。
そんな中。
「沙穂」
低くゆったりした声が響く。
噂の張本人が、私の名前を呼んだ。
「……葵くん……?」
スマホを片手に持ったまま固まる私。
どうして?何でここに?萌恵は?
私の心の声が聞こえたのか、葵くんは魅力的な微笑みを浮かべて近付いてきて。
それから私の後頭部に右手を添えて自身の胸に閉じ込めた。
キャアッと周囲から声が上がる。
彼女がいたのね、と残念そうな声も聞こえてくる。
私の身体全体に染み渡る葵くんの温もり。
葵くんの優しい匂い。
とても安心してとてもドキドキする。
自分がどれだけ葵くんの顔を見たかったのか、思い知らされる程に。
涙がこみ上げそうになる。
「沙穂が泣き止まないから助けてあげてって、吏人を通して伊川さんから連絡がきたんだ」
私の後頭部から外した右手を、私の頬に添えて葵くんが言う。
「萌恵が……」
「場所を聞いたら俺のいる場所から近かったから、会いに行った方が早いなと思ってさ。
……俺も沙穂に会いたかったし」
年末年始、もっと前から顔を見ていなかった葵くんは少し疲れて痩せているようだった。
蕩けそうなくらい優しい微笑みも輝くような容姿も健在だけど。
「……沙穂、何で泣いたの?
何で昨日電話した時に何も言わなかった?」
少しムッとした顔の葵くん。
「言いたいことがあるならちゃんと話して。
泣くなら俺の前で泣いて」
焦げ茶色の瞳が心配そうに私を見つめる。
その真っ直ぐな視線に、止まった筈の涙が溢れる。
「……不安なの。
離れてしまうこと、葵くんが遠くに行ってしまうこと。
私が元々ちゃんと葵くんに話してなかったから、バチがあたったんだと……」
ここがエントランスだということも忘れて私はしゃくりあげる。
「バチ?何の?」
「付き合い、始めた、きっかけ……」
「沙穂、その話はもう無しっていっただろ?」
疲れたように溜め息をついて葵くんが言う。
「俺は沙穂が好きだし、沙穂も俺が好きだって言ってくれた。
それがすべてだろ?
俺は留学することになったとしても、沙穂と別れる気はないし、一緒に歩んでいけると思っているよ」
子どもをあやすようにポンポンと右手で背中を叩かれる。
「だから不安に思う必要はないんだ。
今は……ちょっと忙しくてうまく時間がとれていないけれど……」
「……うん、でも、私……」
萌恵がせっかくくれたこの贈り物の機会を逃したくなくて、私は必死に言葉を紡ぐ。
「……大丈夫だから」
ギュッと私を胸に閉じ込める葵くん。
私がまだ不安だと勘違いしているようだった。
「あの、ね。
来てくれてありがとう。
違うの、言いたいことが……」
言わなきゃ、と急く気持ちがこみあげて、私は葵くんの胸を押す。
その時、葵くんのスマホが音を立てた。
着信相手を見て綺麗な顔をしかめる葵くん。
「ごめん、沙穂」
するりと腕を解いて、電話にでた葵くん。
「父さん?
ああ、うん。
今?
……わかったよ」
ひとつ溜め息を吐いて。
短い通話を終えた葵くんは申し訳なさそうに私に向き直った。
「ごめん、沙穂。
父さんから至急留学の件で話があるから戻れって。
……話はまた今度にしてもらっていい?」
再び疲れたような表情の葵くんに私は何も言えなくなった。
「戻れって……もしかしてさっき言ってた用事って……?」
私の言葉に葵くんが頷いた。
「父さんと会って話していたんだ。
俺に会わせたい人がいるって言われてたから。
ただ、その人が急用でしばらく遅れるって言われてさ。
……抜けてきてたんだけど、先方が到着するから戻れって」
そんな多忙な中で来てくれたんだ……。
「ご、ごめんね、葵くん。
私は大丈夫だからお父様のところに戻って。
……来てくれてありがとう」
必死で笑顔をつくる。
今、とても大変な状況なのに私の勝手な言い分を聞いてもらうわけにはいかない。
「ごめんな、沙穂。
ちゃんと連絡するから、その時にまた話して」
心配そうな表情を浮かべながら、葵くんは慌ただしく去っていった。
残された私は再びスマホを取り出す。
萌恵から頑張れ、とメールが届いていた。
メールを読んで、ありがとう、と何とか返信して、私もその場をひっそりと後にした。
「沙穂、お手洗い行く?
目元がマスカラで真っ黒よ……」
私のメイク状態を心配した萌恵が少しおどけて言う。
「えっ、本当に?
恥ずかしいから直してくる……」
私は鞄からポーチを取り出して力なくお手洗いに向かった。
ビルのエントランスロビーで待ってるからゆっくりね、と萌恵は先にエスカレーターで階下に降りていった。
私はふうっと深呼吸をしてお手洗いに向かった。
鏡を見てビックリ、な状態になっていた私の目元を何とか誤魔化して萌恵が待つエントランス方向に足を向ける。
高い吹抜けがあるエントランスロビーは待ち合わせをしている人、休憩をしている人で混雑していた。
ガラス張りになっているエントランスからひっきりなしに人が出入りしている。
外の冷たい空気も出入りしていて暖かすぎる室内との温度差に驚く。
その混雑のせいか、萌恵の姿がなかなか見当たらない。
思ったよりもメイク直しに時間がかかってしまったので、
場所を移動したのかと思い、スマホを鞄から取り出そうとした途端。
「あの人すごくカッコいい……」
「足長い!
モデルかな?」
「誰かと待ち合わせ?
ね、声かけてみない?」
ザワザワと周囲から女の子の声が聞こえてきた。
そんな中。
「沙穂」
低くゆったりした声が響く。
噂の張本人が、私の名前を呼んだ。
「……葵くん……?」
スマホを片手に持ったまま固まる私。
どうして?何でここに?萌恵は?
私の心の声が聞こえたのか、葵くんは魅力的な微笑みを浮かべて近付いてきて。
それから私の後頭部に右手を添えて自身の胸に閉じ込めた。
キャアッと周囲から声が上がる。
彼女がいたのね、と残念そうな声も聞こえてくる。
私の身体全体に染み渡る葵くんの温もり。
葵くんの優しい匂い。
とても安心してとてもドキドキする。
自分がどれだけ葵くんの顔を見たかったのか、思い知らされる程に。
涙がこみ上げそうになる。
「沙穂が泣き止まないから助けてあげてって、吏人を通して伊川さんから連絡がきたんだ」
私の後頭部から外した右手を、私の頬に添えて葵くんが言う。
「萌恵が……」
「場所を聞いたら俺のいる場所から近かったから、会いに行った方が早いなと思ってさ。
……俺も沙穂に会いたかったし」
年末年始、もっと前から顔を見ていなかった葵くんは少し疲れて痩せているようだった。
蕩けそうなくらい優しい微笑みも輝くような容姿も健在だけど。
「……沙穂、何で泣いたの?
何で昨日電話した時に何も言わなかった?」
少しムッとした顔の葵くん。
「言いたいことがあるならちゃんと話して。
泣くなら俺の前で泣いて」
焦げ茶色の瞳が心配そうに私を見つめる。
その真っ直ぐな視線に、止まった筈の涙が溢れる。
「……不安なの。
離れてしまうこと、葵くんが遠くに行ってしまうこと。
私が元々ちゃんと葵くんに話してなかったから、バチがあたったんだと……」
ここがエントランスだということも忘れて私はしゃくりあげる。
「バチ?何の?」
「付き合い、始めた、きっかけ……」
「沙穂、その話はもう無しっていっただろ?」
疲れたように溜め息をついて葵くんが言う。
「俺は沙穂が好きだし、沙穂も俺が好きだって言ってくれた。
それがすべてだろ?
俺は留学することになったとしても、沙穂と別れる気はないし、一緒に歩んでいけると思っているよ」
子どもをあやすようにポンポンと右手で背中を叩かれる。
「だから不安に思う必要はないんだ。
今は……ちょっと忙しくてうまく時間がとれていないけれど……」
「……うん、でも、私……」
萌恵がせっかくくれたこの贈り物の機会を逃したくなくて、私は必死に言葉を紡ぐ。
「……大丈夫だから」
ギュッと私を胸に閉じ込める葵くん。
私がまだ不安だと勘違いしているようだった。
「あの、ね。
来てくれてありがとう。
違うの、言いたいことが……」
言わなきゃ、と急く気持ちがこみあげて、私は葵くんの胸を押す。
その時、葵くんのスマホが音を立てた。
着信相手を見て綺麗な顔をしかめる葵くん。
「ごめん、沙穂」
するりと腕を解いて、電話にでた葵くん。
「父さん?
ああ、うん。
今?
……わかったよ」
ひとつ溜め息を吐いて。
短い通話を終えた葵くんは申し訳なさそうに私に向き直った。
「ごめん、沙穂。
父さんから至急留学の件で話があるから戻れって。
……話はまた今度にしてもらっていい?」
再び疲れたような表情の葵くんに私は何も言えなくなった。
「戻れって……もしかしてさっき言ってた用事って……?」
私の言葉に葵くんが頷いた。
「父さんと会って話していたんだ。
俺に会わせたい人がいるって言われてたから。
ただ、その人が急用でしばらく遅れるって言われてさ。
……抜けてきてたんだけど、先方が到着するから戻れって」
そんな多忙な中で来てくれたんだ……。
「ご、ごめんね、葵くん。
私は大丈夫だからお父様のところに戻って。
……来てくれてありがとう」
必死で笑顔をつくる。
今、とても大変な状況なのに私の勝手な言い分を聞いてもらうわけにはいかない。
「ごめんな、沙穂。
ちゃんと連絡するから、その時にまた話して」
心配そうな表情を浮かべながら、葵くんは慌ただしく去っていった。
残された私は再びスマホを取り出す。
萌恵から頑張れ、とメールが届いていた。
メールを読んで、ありがとう、と何とか返信して、私もその場をひっそりと後にした。