失恋相手が恋人です
葵くんはそれから名残惜しそうに私の髪を撫でて、寂しそうに微笑んで、大学へ向かった。

私はただ、ドアを開けて出ていく葵くんを泣き笑いみたいな表情で見つめ続けるしかなかった。

「……ごめん、って何だろう……」

一人残された部屋で、のろのろと壁にもたれる。

その時、私は自分の大事な話を全く失念していることを思い出した。

私は何て馬鹿なんだろう、せっかく話せる機会だったのに。

葵くんのキスで全てを忘れてしまっていた。

どれだけ自分勝手なんだろう……。

次にいつ葵くんと二人きりで会えるかわからない。

明日、見送りには行くけれど、きっと他にも見送りに来ている人はいる筈で。

今日しか、もう時間がないかもしれない。

そう思って、私は急いで身支度をして、靴を履くことももどかしく、走って玄関を飛び出した。

暮れ始めた空の下を駅まで走って、運良く来た電車に滑り込む。

電車に乗っている時間ももどかしく、車窓を眺めていても頭に浮かぶのは葵くんのことばかり。

電車がホームについて、扉が開くと同時にまた走り出す。

息を切らしながら走り続けて、葵くんが校内の何処にいるか知らないことに今更ながら気づく。

スマホを取り出して電話してみるけれど、反応はない。

もう、教授と会っているのだろうか、考えながら葵くんが、普段利用している教室がある校舎に向かう。

キョロキョロ辺りを見まわしながら、階段を駆け上がる。

「……何階にいるのかな……」

各階だけでも相当数の教室がある。

先程見た、葵くんの担当教授の個室は施錠されていて、照明もついていなかった。

電話をかけながら探し続けていると。

前方の開け放たれた教室から聞きなれた声がした。

葵くん、と思わず声をあげそうになった時。

女性の声が聞こえてきた。

葵くんの担当教授は初老の男性だ、ということは……お友達かな?と単純に思ってドアに近付いた時。

その女性の声がはっきり聞こえてきた。





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