失恋相手が恋人です
と、いうよりその女性は泣いていた。

「……先輩」

女性の向い側で立っている男性は葵くんだった。

「ごめん、ごめんね、葵くん。
葵くんに、今更こんな話をしたって仕方がないことはわかっているの。
勝手なことを言っているってわかっている。
だけど、私……どうしていいかわからないの。
正樹と別れて一人になって……。
こんなことになるなら……」

葵くんを涙ながらに見つめる歩美先輩。

同性の私からみてもハッとするほどの綺麗な表情で。

葵くんは何も答えない。

何の話、と考える必要もなくわかった。

歩美先輩が東堂先輩と別れたということ。

今、どうしてここに歩美先輩がいるのかわからない。

……約束していた?

偶然?

もしかして、担当教授に会うっていう話は……。

疑い出したらキリがない。

ただ、私は目の前の出来事に呆然としていた。

まるで映画かドラマをみているみたい。

葵くんの胸に飛び込んで泣き崩れる歩美先輩。

そんな歩美先輩の肩に葵くんが手を置いて……。

心臓が痛いくらい速く鼓動をうつ。

ドクドクドク、と頭に響く。

この場から離れなければ、と思う。

でも足がうまく動かない。

全力で走り回って上がっていた息が今は違う意味で苦しい。

お似合いの二人。

葵くんが想っていた人。

私が逃げる必要はない。

わかっているのに。

私の足は自動的に校舎の外に向かう。

階段を駆け下りて、また走る。

途中で何度か転んだ気がしたけれど、痛みを感じなかった。

一体どうやって帰宅したのかわからなかったけれど、私は何とか自宅に辿り着いていた。

手にはスマホを握りしめて。

玄関でのろのろと靴を脱いで。

一歩、室内に足を踏み入れて、ペタンと床に腰を下ろす。

その時、私のスマホが鳴った。






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