失恋相手が恋人です
液晶に浮かんだ表示は葵くんだった。

ぼんやりと震える手で通話を押す。

「沙穂?
ごめん、電話でれなくて。
何かあった?」

いつもと変わらない葵くんの大好きな優しい低い声。

当たり前のように私の名前を呼んでくれる声。

でもその声が今の私にはとても辛い。

「沙穂?沙穂?」

返答がないことを訝しんだのか、何度も私の名前を呼ぶ葵くん。

「……くん、私……嘘ついたの」

真っ白になっている頭の中で浮かんだことはただ、葵くんに話そうと思っていたこと。

ずっと私の心に巣くっていたこと。

葵くんを追いかけた理由。

「……え?」

怪訝な葵くんの声。

「最初から……葵くんが歩美先輩を好きだって、ずっと……見ていたって知っていたの。
階段教室から見ていたこと……知っていたの」

「……沙穂?」

私が何を言いたいのかわからない、といったような戸惑いの滲む葵くんの声。

スマホの向こう側からは葵くんを呼ぶ担当教授らしき人の声も微かに聞こえる。

「……ずっと、ずっと好きだったの、ずっと歩美先輩を想っている葵くんを見続けてきたの。
少しでも顔が見たくて同じ時間に階段教室に行って……」

「沙穂、ごめん、一体何を……」

「見ていたから……知っていたの。
葵くんが歩美先輩に失恋したこと、誰よりも早く知っていたの。
だから、話しかけたの。
……今しかないって思ったから。
告白されるの嫌いだって、告白されても皆……断ってるって聞いたから」

「……え?」

「……私も誰かに失恋した、同じだって言ったら傍にいられるかなって思ったの。
少しは私を見てくれるかなって……」

「……意味、分かんないんだけど……。
俺、沙穂の失恋相手って誰だろうってずっと気になっていたのに……嘘だったってこと?」

感情の読めない乾いた声の葵くん。

「……ごめんなさい。
……それしか葵くんに私を見てもらえる方法が見つからなかったの」

「……何で、今更」

「……言わなきゃ、言わなきゃってずっと思っていた。
でも葵くんがいなくなったらどうしようって思ったら言えなくて……」

「じゃあ……言わなかったら良かったんだよ」

突き放すような葵くんの声。

「……ごめんなさい、謝ってすむことじゃないけれど……
葵くん、私……私ね、もう、いいの」

「は?」

「も……充分なの。
……今までありがとう。
……別れよう……」

知らぬ間に流れ落ちる涙を拭うこともできずに私は言う。

「何言って……!」

「本当にごめんね……」

声が震えたけれど、何とかそれだけ言って私は通話を終えた。

電話を切った後からもすぐに、幾度となく着信音が響いていた。

真っ暗な部屋に明るい音だけがやけに響く。

私はただ呆然と手の中にあるスマホを見続けていた。









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