忘れ物 ~ホテル・ストーリー~

Chère Catherine

ありがとう。
君がいてくれたおかげで、人生は素晴らしい。




たった一行だった。
他には何も書かれていなかった。

それは、彼女の夫が、5年前に書きかけて、部屋に忘れていった手紙だった。


「まあ、よくこんなものが……覚えてますよ。主人が夜中に何か書いていたの。その続きを書くのを止めさせたのは私だわ。
まあ、こんな素敵な手紙なら、最後まで書き終わるのを待っていればよかたわね。
そうね。いつも叱られたのよ。君は先を急ぎ過ぎるって。自分は急いで天国に行ってしまったくせに」


カトリ-ヌ・ドゥシャン女史は、ラウンジでその手紙を、気のすむまでじいっと見つめていた。

友里恵はその様子を見て、以前コンシェルジュの研修の時、深田に叱られたことを思い出した。

『客室に忘れて行ったもので、ホテル側が処分してもいいと思うものは?』
深田の厳しい指摘にあった。
客が部屋に忘れていった靴下を、処分すると答えたのだ。

『えっと……』
価値のあるものと答えそうになって友里恵は口をつぐんだ。

友里恵はハッとした。

『そうだ。分かったか?価値のあるものなんて客じゃなきゃ判断できない。だから正解は、ごみ箱に捨てられたものだ。それ以外のものは、うちのホテルでは全部保管する』

深田にそう言われたときは、少々やりすぎだと思った。
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