Mysterious Lover
「え……奈央さ」
「……あぁ、それよりも吾妻くんって呼んだほうがいい?」
瞬間。
拓巳の顔から、人懐こい笑顔も、不敵な眼差しも、艶っぽい微笑も、表情と呼べるものがすべて消え失せた。
窓から差し込む光が、彫刻のようなその整った顔の陰影を、濃く浮かび上がらせる。
「どうして……それ……」
喉にからんだ、うめくような声が響いた。
その顔を見て、その声を聞いて、確信した。
やっぱり彼は、わたしが誰か知ってたんだって。
全部知っていて、近づいたんだって。
お腹の底から湧き上がってくる思いはひとつ。
ただただ、悔しかった。
何も知らずに、彼の手の上でいいように踊らされた自分が、おめでたくも舞い上がっていた自分が、ひたすら情けなくて。