Mysterious Lover
小刻みに震えはじめた手を、わたしはきつくきつく、爪が、皮膚に食い込むほど握りしめた。
わかってたことじゃない。
人は裏切る。そういう生き物だって。
「なんで偽名なんて使ったの? あぁ、そっか、すぐにバレるもんね。さすがにわたしも、昔自分が使ってた苗字、忘れたりしないもの」
そう、わたしは昔、吾妻奈央だった。両親が、離婚するまで。
2人が別れて、わたしはお母さんの旧姓<沢木>になって。
<吾妻>は、あの女と、あの女の息子、『たくみ』のものになった。
「わたしの記憶が正しければ、わたしたち血はつながってないはずだよね?
でもこの場合も姉弟って呼ぶのかな? まぁ、どっちでもいいけど」
きつく唇を引き結んで、こみあげる感情を押し殺した。
「わたしに近づいたのはどうして? ゲームでもしてるつもりだった?」
ひとりでに潤み始める目を必死で瞬かせて、涙を散らす。
「違う」
「楽しかった? 何も知らない『お姉さま』からかって、ストーカーの自作自演までしてその気にさせて? さぞおもしろかったでしょう!?」
「違うっ!!」
拓巳は何かをこらえるように眉を寄せた。
「違う、そうじゃない……そうじゃないよ、奈央さん」