Mysterious Lover
6. それぞれの夜
「え、あのオオタフーズの鬼課長が?」
工藤さんが面食らったようにわたしを見た。
「そうなんです。わたしなんて、口きいてもらうだけで半年かかったのに、拓巳……か、亀井くんてば、初日にメアド交換ですよ? しかもプライベート用の!」
「そりゃすごいな」
「ああいうのを、人たらしって言うんですね」
わたしは手の中のグラスを持ち上げ、マルガリータを口に含んだ。
家で飲まないわたしにとっては、久しぶりのアルコールだった。
じわって熱が体のあちこちに生まれて、血管を駆け巡っていくのがわかる。
店内の奥、ステージ上には演奏中のバンド。
控えめに、あくまでBGMとして奏でられるジャズが、耳に心地いい。
テーブル上のキャンドルが、まるで音楽に呼応するかのようにちらちらと揺れて、アットホームな雰囲気を醸し出すダイニングバー。
そこで、わたしは久しぶりに工藤さんとデート中だ。
あれから2週間、ストーカーからは何の接触もなく、今度は警察に、って身構えていたわたしは、ちょっと拍子抜けしてしまった。
どこかからシャッター音が聞こえる、みたいなこともないし。
夜道でも社内でも、視線を感じることもないし。
最近は残業も飲み会もできるだけ控えていたんだけど……
もう大丈夫なんじゃないかな。
ほんとにただのいたずらだったのかも。
なんて、ようやく冷静になってきたところ。