Mysterious Lover
ふう。
吐息がもれた。
好きです。
そう言うべきだった……。
左の手首にはまった腕時計に触れる。クリスタルが文字盤をぐるりと囲んだ、フェミニンなデザインのお気に入り。
去年の誕生日、ディナーに誘われて、これをプレゼントされて。
工藤さんの手には、当然のようにホテルのキーが握られていた。
もちろん、わたしは拒まなかった。
付き合おう、って言われたわけじゃないけど、
わたしとしては、お付き合いしてるつもりでいる。
工藤さんが褒めてくれるとすごくうれしいし、期待に応えたいって頑張ってきた。
顔も声も好みだし、優しいし、恋人としてはパーフェクトだ。
大切な人。
好き、なんだろうと思う。
きちんと言葉で、関係を表すべきなのかもしれない。
でも、工藤さんは一度も、何も言わない。
それに甘えて、わたしも何も言わないまま。
不安じゃないの? って翠は言うけど。
それが、まったくそんなことはなくて。それって、わたしがおかしいのかな?
だって、愛だの恋だの、言葉で縛ったって、どうせ……
サックスの鈍い金色のボディから流れ出した、太くて深い音色を聴きながら、わたしはグラスを勢いよくあおった。