こい
1 ひだまり
人生の一番最初の記憶から、私は春之が好きだった。
あれは夜宮の帰り道。
暗い道のところどころに赤い提灯の灯りが浮かんでいてとても幻想的だった記憶があるから、多分そうだと思う。
父の中年太り気味でふかふかのものとは違う、筋肉のせいで固い背中の上に私はいた。
青いギンガムチェックのシャツに頬をのせると、やわらかい髪の毛が顔を撫でる。
夢と幻のあわいでまどろみながら、私は「この人がとても好きだな」と思っていた。
いや、あの時はまだ「好き」なんて言葉も知らなくて、ただそういう特別な気持ちを夜宮の非日常感と一緒に感じていただけ。
起きてしまうと背中から降ろされてしまう気がして、顔をのぞき込んで話しかけたい気持ちを必死で抑えながら、じっと目を閉じて揺られていた。
あれは一体何歳の記憶だろう。
4歳か3歳か、もっと下だろうか?
とにかくそれ以前の記憶はないほどに小さなときの話。
あの気持ちを〈恋〉なんて言ったら、きっとみんなに笑われる。
私だって笑う。
だけどその〈芽〉は確かに存在していた。
そのことを私はその後何年も何年もかけて証明していくことになる。
< 1 / 92 >