こい


初めて真っ正面から紗英さんを見た。
さっきの青空みたいに曇りの欠片もない笑顔。

羨ましかった。

大人であることが。
春之より年上であることが。
春之と同じ高校だったことが。
同じ大学だったことが。
「ゼミのOG」だったことが。
紗英さんであることが。


今でも時々思う。
私が私じゃなかったら、春之は私を選んでくれたのだろうかと。
私が大人で、春之より年上で、同じ高校と大学で、「ゼミのOG」で、紗英さんと同じ顔で、同じ声で、同じ性格だったら・・・。


━━━━━それでもやっぱり、春之は本物の紗英さんを選んだだろうな。


それならいっそ、男に生まれたかった。
犬や小鳥に生まれたかった。
春之のいない世界に生まれたかった。

選びようもなく私は女で、私は子どもで、春之のいる世界にいるなんて、あまりに惨い。




私はこの日、生まれて初めて失恋した。
恋を知る前に失恋してしまった。

そして、そのことすら自覚できないほどに子どもだった。



順番がぐちゃぐちゃだった私は、ちゃんと失恋することができず、ちゃんと恋をすることもできなくなった。
歪んで脆い土台の上に、さらに砂の滑り台を高く高く築くように、この後の私はひどく不安定な恋愛をすることになる。



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