こい
私の世話だけでなく、お酒を追加したり、空いたお皿を下げたり、紗英さんは自分は決して食べることなく動いていた。
「紗英さんも座って食べて」
そう声を掛けられると、
「大丈夫です。ちゃんといただいてます」
と笑顔でビールのコップを持ち上げていたけれど、それは少しも減っていなかった。
この家なら私の方がずっとたくさん来ているはずだ。
紗英さんはほとんど知らない場所だろう。
それなのに嫌みなく身軽に動ける彼女を見ると、やっぱり私の気持ちは沈んだ。
紗英さんでなければ、春之の奥さんでなければ、素直に憧れることができたかもしれないのに。
全部飲めたらもう少し大人になれる気がして苦い緑茶を頑張って飲み進めたけれど、結局半分以上残してしまった。
残る苦味に顔を歪めながら、私はいつものようにひっそりと隣の客間に移動した。
来客が少なくなったせいか、部屋の隅には使わなくなったカラーボックスや、電気ストーブのダンボール箱が置かれている。
だいぶ日が傾いて弱々しくなった陽だまりの真ん中に、体育座りをして庭を眺めた。
気配だけで、春之だとわかった。
夕日で染まりぼんやりとした部屋の空気に、ぼんやりと馴染む猫背の姿。
以前なら嬉しくて浮き立って、いそいそと話題を探したけれど、沈んだ私の心からは何の言葉も浮かんでこなかった。
「夜宮があるらしいんだけど、行く?」
ずっと黙ったままの私に、珍しく春之が言った。
お盆には近所の神社で夜宮があり、出店が出て賑やかになる。
小さい頃は母や兄と行ったし、その時春之も一緒だったこともある。
あの最初の記憶にある夜だ。
けれどもう長いこと行っていない。
「行く」