こい



高校一年生のお盆。
私は久しぶりに本家を訪れた。

去年は受験勉強に忙しくて一度も行かなかった。
本当は宿題も多く、夏休みも講習が入っていてそんなに暇ではないのだけど、いただいた入学祝いのお礼くらい直接伝えるのが礼儀だと思ったのだ。


「あいちゃん、おめでとう!頑張ったわねー」

「たくさんお祝いいただいて、ありがとうございました」

「まあ、ご挨拶まで立派になって!私も年を取るわけねー」

リビングに通されると、穏やかにほほえむ春之が真っ先に目に入った。

さりげなく見回してみるが、紗英さんの姿はない。


「あいちゃん、ちょっと見ないうちにきれいになったねー」

「あ、瑞恵おばさんもお祝いありがとうございました。・・・春之も、どうもありがとう」

瑞恵おばさんが親戚から取りまとめて持ってきてくれたお祝いの中に春之のものも含まれていた。

『水沢春之』

何回も書いているはずなのに、ブツッと切れるようなとても下手くそな右払いを見て、心臓がきゅうっとなった。

中学校入学のときもお祝いをもらったけど、その時はとてもきれいな字だった。
「書いたのはきっと紗英さんだろうな」とわかってしまうような。

いただいたご祝儀袋は申し訳ないと思いながら捨ててしまったのに、春之からもらったそれだけは今もこっそり引出しにしまってある。


ちゃんと自分でお礼が言えるようになっても、春之にだけはすんなり言えなくて、瑞恵おばさんに言うついでに付け足してしまった。

それでも春之はやっぱりにこにこと穏やかな表情を変えずに、黙って私を見ていた。

私が何をしても、何を言っても、どんなに変わっても、春之はいつも変わらない。
昔はそれが嬉しかったのに、今はその笑顔に心が浮き立つどころか悲しくなっていく。

好きなのに、久しぶりに会えたのに、だ。


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