こい
春之は口数が少なく、穏やかに笑っていることが多かった。
親戚の宴会でもお酒は勧められたとき形ばかり口をつける程度で、酔っぱらう姿は見たことがない。
真っ赤な顔で大声で怒鳴るように話す男たちの中にあって、私から見ると十分に大人である春之の存在はすごく浮いて見えた。
大人の会話について行けず相手もしてもらえないので、私は宴会場となっているリビングから襖ひとつ隔てた隣室で、ぽつんと遊んでいることが多かった。
そこは客間として使われている小さな部屋で、庭につづく大きな窓と布団がしまわれている押入以外は何もない。
私はいつも窓辺に小さく座って、入ってくる光の中でぼんやり外を眺めていた。
そうしていれば、いつの間にか宴会を抜け出した春之が隣に座ってくれることを知っていたからだ。
私はそうして、春之を待っていた。
「今日はあったかいね」
多分、小学校低学年の頃だろう。
やっぱり私は春之と並んで客間の陽だまりの中にいた。
隣に座っていながら決して自分から口を開かない春之に、私はいつも同じようなことを言った。
「そうだね」
春之の言葉もいつも同じ。
会話を広げていこうという意志の感じられない、至極簡素なものだった。
春之からは少しだけアルコールの匂いがした。
あれはビールだったのか、日本酒だったのか。
今だったらわかると思うけど、幼い私にはすべて同じ「おさけのにおい」。
父親からするその匂いはとても嫌いだったけど、春之だったら平気だった。
お花の匂いがするわけでも、甘いお菓子の匂いがするわけでもないのに、春之の匂いは無条件で大好きだったから。