こい
それをひっそりと確認しながら、私は話題を探した。
「昨日学校で習字をやったんだけどね、ひらがなが一番難しいって先生が言ったの。私の名前『あい』だからひらがなばっかりで損した気分」
「そうかな? かわいい名前だと思うよ」
春之は特別感情が込められた風でもなくそう言った。
「かわいい名前だ」と。
自分の名前は好きでも嫌いでもないけど、「損した気分」だと言えば春之はきっと褒めてくれると思った。
それが聞きたくてわざと言ったのだ。
「『春之』って右払いが多くて嫌だね。私、右払いがうまく書けないんだ。もっと違う名前ならよかったのにね」
本当は春之は「春之」以外であっては嫌だ。
右払いなんてどうでもいい。
だけど、子どもだった私はあえてマイナスの言葉をぶつける以外にコミュニケーションの取り方が思いつかなかった。
「そうだね」
春之は色味のない声でそう答えた。
自分で言っておいて、私は春之を怒らせてしまったのではないかと急に不安になってきた。
「でも『水沢』って名字はすごく好きだよ! 『藤嶋』なんて書けないし、私も『水沢』がよかった」
何かフォローしなければいけないと思って、必死に考えてそう言った。
「右払い多いけどいいの?」
さっき自分で言った言葉との矛盾を容赦なく指摘されて、「あ」と恥ずかしくなってしまった。
「……これからいっぱい練習して書けるようになるからいい」
「そっか。頑張ってね」
やっぱり無機質な口調で春之は言った。