こい



「最近ぼーっとしてるね」

若村君の声ではっとしたのだから、今もぼーっとしていたのだろう。

「あ、うん。もう少しで雪が降るなーって思って」

穏やかに晴れる日が減り、雨が多くなってきた。
このまま気温が下がると雪に変わるのだろう。


相変わらず雨の日だけ、私は若村君と一緒に帰る。
雪が降ればバス通学となるから、このままだとこれからは毎日一緒に帰ることになってしまう。
でも、もうそんな時間はないはずなのだ。
例え若村君にとって私と同じ大学は楽に合格圏内だとしても。


「ねえ、若村君」

いつもの曲がり角が見えて、私は思い切って声を掛けた。

「もう受験も近いから、こうして歩いて帰るのは今日が最後にしようよ」

一番言わなければいけないことは他にある。
でも私は差し障りのないものしか口にできなかった。

数歩先で振り返った若村君は無表情でじっと私を見た。

「俺と一緒にいたくない?」

「そうじゃない!」

そうじゃない。
若村君と「一緒にいたくない」わけじゃない。
もう「いられない」だ。

それは受験が近くて焦っているとか、そんな理由じゃない。

「これから雪が降ったら毎日バス通学になるの。もう受験が近いのに毎日一緒に帰るのは、お互いにちょっと負担だと思うから」

私は逃げた。
その証拠に、若村君の顔が見られない。
彼があの真っ直ぐな目で私を見ていることがわかっているから。
今あの目は見られない。

「俺はそれでも構わないけど」

やっぱりちゃんと言わなきゃ。
若村君の時間をもらえないって。
志望校を元に戻して欲しいって。
別れようって。

私は多分相当苦しそうな顔をしていたんだと思う。
優しい若村君は深いため息ひとつで許してくれた。

「じゃあ、週に一回金曜日だけ一緒に帰ろう。それならいい?」

コクンと私はうなずいた。
そんな優しい提案を断れるほど、私は強くない。
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