こい
青空と若村君の笑顔を泣きたい気持ちで見ていたら、今までないくらい強い力でぎゅうっと抱きしめられた。
「あい」
全身に、声に、気持ちを込めて若村君はそう呼んでくれた。
「本当はずっと呼んでみたかったんだ」
涙がこぼれてしまって、返事はできなかった。
もう明日は着ないんだからいいかなって、見慣れた制服の堅い生地に目を押しつける。
「俺ではあいを初恋から出すことはできなかったなあ」
顔をうずめたまま、私は必死で首を横に振った。
一瞬だったけど、私は確かにこの人に恋をした。
とても幸せだった。
私の地盤が脆かっただけ。
何の憂いもなく、迷いもなく、心からこの人を好きになりたかった。
もし自分の意志ですべてを捧げる相手を選べるなら、私は春之じゃなくてこの人を選びたい。
だけど、これは口にするべきではない。
この人に言うべきなのはそんなことじゃなく、謝罪でもなく、
「恵君、ありがとう」
応えるように、頭をなでてくれる。
「応援はしたくないけど、でもあいの幸せは願ってる・・・って思える人でありたいとは思う」
素直な葛藤の言葉がおかしくて、涙は止まらないのに笑えてしまった。
「私も誰よりも恵君の幸せを願ってる」
自分自身よりも、春之よりも、幸せになってほしいと思う。
心から思う。
身体が離れる気配がして、慌てて涙を拭いた。
本当は声を上げて泣きたかった。
でも私が泣いてはいけないと思ったから。
そんな私の顔をしっかり見て、恵君は初めて学校の廊下で見たときのようににっこりと笑った。
「あい、頑張れ」
私は黙ったまま、何度も何度もうなずいた。