こい

話すことがある、という割に春之は黙って座っている。
法事の時間が迫っていることも実は気になっていたので、結局私の方が急かすことになった。

「迎えにきたんでしょう?そろそろ行かないと」

「ずっとあいちゃんに会いたかった」

春之の口から聞こえてきたとは思えない言葉だった。

「よく考えたら連絡先も知らないしさすがに亜希子おばさんには聞けなくて。何度か大学には行ってみたけど、そんな簡単には会えないものだね」

大学の構内を思い浮かべる。
無機質で別に思い入れのある場所でもないのに、春之が来たというだけで特別な場所に思えてくる。

「・・・なんで?私のこと拒絶したくせに」

「『拒絶』なんてしてないよ」

「付き合うなんて『考えたことない』って言った!」

「うん。だから考えた。あの日からずっと毎日」

兄と美咲さんの間にはしばらく前に女の子が生まれた。
一年半とは短いようで、何かが変化するには十分すぎる時間だ。

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