こい
若い彼女とは違って、恋人になるとどうなるか容易に想像がついていた。
法律やモラルに反することでなくても、歓迎されないことはたくさんある。
余計な枷を負わせてしまうこともわかっていた。
だったら止めればいいじゃないか、と考えて、自分に全くその気がないと自覚して妙に笑えてくる。
覚悟を決めるまでには相当時間がかかった。
安易に手出しできる関係じゃないし、できることなら傷つけたくない。
それでも、いつか彼女の目が覚めるまでのわずかな時間でいいから、心のままに触れ合える関係になりたいと思ってしまった。
だから親戚中から白い目で見られようが引く気はない。
世間の目なんて尚更どうでもいい。
だけど彼女にまで同じ覚悟を強いることには、ずっと迷いが消えない。
そう考えるとこの華奢なデザイン時計でも、あの細い手首には負担に思えてくる。
店内ではちょうど彼女と同じくらいに若い女性店員が、一人でも真面目にきちんと働いている。
「いらっしゃいませ」
柔らかい声と笑顔で迎えてくれてホッとする。
迷ったまま無意識に店内に入ってしまったのだ。
「あの、腕時計の電池交換をお願いできますか?」
とっさに出たけれどまさに今必要なものだった。
丁寧に受け取った彼女はしかし、
「今は店長が不在なので、お引き渡しは明日になりますがよろしいですか?」
と申し訳なさそうに答えた。
今夜帰ってしまう俺には無理だ。
「すみません。また別の機会にお願いします」
「本当に申し訳ありません」
時計を受け取って店を出る。
いつまでも頭を下げ続ける彼女に、悪いことをした気持ちになった。
もう一度ウインドウと『薗部時計店』という名前を確認して再び駅に向かう。
新幹線を早めて、彼女に会いに行こう。
その前にプレゼントは何がいいか直接本人に聞いてしまおう。