こい
アナログな熱
『何が欲しい?』
携帯電話の声は、実は本人の声ではないのだそうだ。
細かい方法はよくわからないのだけど、設定されている電子音の中から一番その人の声に近いものが選ばれているらしい。
だけど私は今、こんなにもドキドキしている。
春之は、話す速さやリズムや選ぶ言葉だけで、私を丸ごとさらっていく。
顔が見えなくても。
ただのデジタル音でも。
『あい?』
自分の心臓の音がうるさくて、返事もすっかり忘れていた。
「あ、ごめん。ちょっと考えてて・・・」
ただのデジタル音が『ふっ』と笑う。
その空気の揺れは頭と胸を通って、中指の先まで一瞬で駆け抜けた。
そうだ、欲しい物、欲しい物、欲しい物・・・
私が春之にねだったものは、青いイチゴ飴と春之自身。
あとは、そう・・・〈時間〉だ。
春之との時間が欲しくて、幼い私はしゃべり続けイチゴ飴を欲しがった。
少ないその時間をしっかり胸に刻んで、会えない時間は何度も噛み締めた。
限られたそれを繰り返し繰り返し。
まるで、砂時計のように。
一緒にいる時間が増えても、こうして声を聞けるようになっても、その癖は抜けない。
私全部で春之を感じて、私全部に春之を刻もうとする。
春之がずっといてくれるなら、言葉なんてなくても構わないし、ましてイチゴ飴なんていらない。
もう、欲しいものなんてない。
だけど、私の気持ちをそのまま伝えたら、きっと春之は困る。
プレゼントが決まらないというだけじゃなくて、「重い」って思う。
だから何か答えなきゃ。
「・・・砂時計」
『砂時計?』
聞き返されてようやく自分の言葉を理解した。
欲しいなんて思ったことのない物で、私自身が驚いている。
『わかった。ごめん。やっぱり帰るの遅くなるから、週末に』
「うん、大丈夫。気を付けてね」
春之によく似たデジタル音が消えると、やっと冷静に考えられるようになった。
砂・・・、私はあの滑り台にまだこだわっていたんだな。
砂時計なら何度でも何度でも繰り返すことができる。
崩れてなくなったりしない。
電池が切れたりもしない。
ずっと時を刻める、強力なアナログ時計。