明け方の眠り姫
「和史のことなんてもう忘れてたわよ」
「嘘、じゃあデッサン旅行に誘われた画家は?」
「ジェーンのこと? 子供さんの手が離れたからって確かに誘われたけどまだ行くとも決めてないし……」
「……ジェーン」
「うん?」
女かよ!
寧ろなんで画家=男に直結していたのか、僕の方が抑々どうかしていたのか。
恥ずかしさも頂点に達して、今すぐここから逃げ出したいという欲求に駆られた時。
「まさか、男の人だと思ってたの?」
彼女がくすくすと、肩を揺らして笑う。
赤い唇から、白く零れた息が横に流れた。
「どこに行ってもあなたのことばかり考えてた」
「えっ?」
緩く微笑んだ彼女の頬も、唇と同じくらい薄らと赤くて。
僕はそれが、寒さのせいじゃないといい、なんて都合の良いことを考えてしまう。
「夏希さん、それって……」
「ねえ……なんでこんなとこまで来たの?」
ふっと真顔になった夏希さんの表情からは、感情が上手く読み取れない。
だけど、くんっと袖を引っ張られて、見ると夏希さんの手が僕の袖口を掴んでいた。