明け方の眠り姫
僕が夏希さんと初めて会ったのは、友人に誘われてある画家の個展の会場スタッフという短期間のアルバイトに行った時だった。
準備の期間は兎に角力仕事が多かったけれど、綺麗な仕事だし働きやすい。
ただ、その日は少し柄の悪い連中も混じっていた。
「貴方たち。場所くらい弁えなさい」
休憩時間に表通りで煙草を吸っては足元を汚していくその連中に、僕も多少は眉を顰めていたけれど。
あんな華奢な体躯で正面切って諭しに行くとは思わなくて、僕は驚いて成り行きを見つめていた。
「ああ? 今休憩時間なんすけど」
「休憩時間でもそのスタッフの腕章をつけてる限り、貴方たちの行動は全部この個展のイメージにつながるの。貴方たち何しに来てるの、今すぐその吸い殻を拾いなさい」
体格のいい若い男三人に向かって背筋を伸ばし、凛とした佇まいでそう言って、周囲の目や気迫に押された男三人にきちんと吸い殻を片付けさせた。
それだけでもすっと胸のすく思いがしたし周囲からも若干からかいまじりの拍手が起こっていたが、最後の捨て台詞がまた、良かった。
「いい大人なんだから。綺麗な吸い方をしなさい」
背は当然僕たちよりも低いはずだ。
だけど低いところから見下ろすような、負けず嫌いのその瞳に柄にもなく口笛で茶化してしまいそうになった。
多分、このシーンに僕が居合わせていたことなんて夏希さんはきっと覚えてもいないだろうけど。
僕ははっきりと覚えている。
見た目が好みなのはわかっていたけど、負けん気が強くそれでいて対応の仕方もスマート、こんなヒトには中々出会えない。
そうして、その短いアルバイトの期間に彼女に覚えてもらうため何度も何度も話しかけ、遂には行きつけのカフェまで聞き出し、今に至るというわけだ。
今のトコ、靡く気配は無し。
でもそういう過程が面白いものだよね、と思うから、僕としては全く問題は無い。
こうしてモーニングの時間に突撃して、もうどれくらいになるだろう。
今日もやっぱり歓迎はされなかったな、と含み笑いをした。