明け方の眠り姫


あの人が色々やかましいのはいつものことだし、僕や店のことを思って言ってるのだから気にしないようにしていたのだけど。



「別に私も父さんも、あんたらの誰かに無理やり継がせようなんて思ってないわよ」



だから好きにしなさいよ、と。
両手を腰にあてて踏ん反り返って母親は言うけど改めて言われる方が余計気になる。


多分、母親は本気でそう思ってるんだろう。
昔から固定観念に囚われない人だった。



「……はいはい。ありがとう」

「だからあんたも、気にしないでしたいように」

「わかってるって。大体今から仕事って時に言わなくても」

「仕事以外の時間はすぐ居なくなっちゃうの、アンタの方じゃない」

「わかったわかった、行ってくる」



おざなりに手を振って、母親が後ろに下がったのを確認してから車を発進させた。


母親とこういう話をするのは何か気恥ずかしくて気まずい。
そう思うのは、僕がまだまだ甘えのある子供だからなんだろう。


それでも、今の現状に僕が迷っていることに気付いてくれているらしいのにはありがたく、少しばかりほっとする。


……他にやりたいことがあるわけでもないけどさ。
絶対、兄貴の方が向いてるよ。
落ち着きない僕よりもさ。


その兄は、どうあっても自分が継ごうとは言わない。
理由におよその検討はついていて、そのことを考える度に兄に対する苛立ちが生まれる。


押しつけがましい好意とその偉そうな物言いを思い出すと、溜息では掃き出しきれない靄が胸の中で渦を巻いた。


鬱陶しいだけのそれらを追い払うように片手でぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、信号待ちで溜息と同時に窓の外を見る。



「夏希さん、画廊には居るのかな」



今朝は、モーニングの時間にカフェにいっても珍しく彼女に会えなかった。


思い浮かんだ綺麗な顔に現実逃避して、空を見る。
先ほどから空は晴れているのにちらちらと白いものが目に付いた。


僕を見ても、決して嬉しそうな顔はしない彼女を思いだして、つい口元が緩む。


今日の配達は三件、ホテルレストランが二件とラストに結婚式場。
急げば夕方までもかからないだろう。


くるりとハンドルを回して角を曲がった時には、早く仕事を終わらせることばかりを考え始めていた。

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