明け方の眠り姫

滞りなく仕事は進んで、ラストの結婚式場で最後の納品を終える。
一時は止んでいた風花がまたちらちらと舞い始めていた。


陽が高く昇って日差しは暖かいけれど、上空に冷たい空気が流れているのだろう。
ふわふわと舞う白い花に目を向けていると、ガーデンの方から、わっと賑やかな声が上がり拍手が沸いた。


見ればガーデンスペースの一番奥に、新郎新婦の姿が見えてたくさんの招待客の視線を集めている。


「……あれ」


遠目に見てもわかる。
その新郎の顔に、確かに見覚えがあった。


どこでだったか……と少し記憶をたどって案外浅いところで思い出す。
夏希さんの画廊だ。


彼の個展が開かれたことがあり、その時にも僕はスタッフとして会場に居て遠目で彼の顔を見ていた。


そうか、それで今朝はカフェに居なかったのか。
この披露宴に招待されていたのなら、のんびりカフェでモーニングなんて時間はなかったのかもしれない。


合点がいくと同時に、つい招待客の中に夏希さんを探して目を走らせる。
けれど、その中には彼女は居なかった。


「……夏希、さん?」


彼女の姿は、パーティとは少し離れた場所にあった。
ひっそりと、隠れるようにして。


呟いた彼女の名前は、呼んだというよりも彼女であることを確かめるような小さな声だった。
なぜって、泣いていたから。


空の青に舞う雪の白さが際立って、どこもかしこも華やかなその空気の中で。
彼女は表情を崩すことなく凛としたままの横顔で、ひっそりと、拭うこともなくはらはらと涙を流していた。


「夏希さん?」


もう一度呼ぶと、びくりと身体を震わせて目が合った。
驚いて見開かれた目には、動揺の色が浮かぶ。


やっぱり、夏希さんだ。


「え……なんでここに?」
「なんでって、仕事で。ここにシャンパン卸しに来たんです。……うちの実家、酒屋だから」


話している間にも、零れる涙が止まる気配はない。
なんとなくピンときてしまった。


披露宴の主役である新郎新婦にもう一度視線を向ける。
良い男だと思う、少なくとも僕なんかよりよっぽど頼りがいのある大人の男だ。


無性に、面白くないというか。
了見の狭い感情が胸の奥に焼き付く。


何より、驚いていた。
簡単には泣きそうにない彼女の、涙を堪えることも出来ないほどの弱さに。


「……、そういうこと」

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